出立準備
年が明けた。例年ならば、大々的に年明けを祝うものだが、今年は王都も国内もひっそりしている。それはそうだ。昨年は大上王、先王、そして皇后と三人が立て続けに亡くなったのだ。こんなことは世界中を見ても珍しい。おそらく、ブライアル王国史上、最も縁起の悪かった年として歴史に名を残すことだろう。
やはり、俺はもちろんだが、家族全員が未だタウマの死から立ち直れていない。もう数か月も前のことだが、まだ彼女のことを思い出してしまう。というのも、思い出の品が折に触れて届けられるからだ。これが、絶妙なタイミングなのだ。
彼女が死去してから一か月経ったころに、その死が公表された。貴人の死はそのくらいの期間を開けて公開されるのが通例であり、今回もそれに則った形となったが、そのタイミングで彼女がデザインした衣装が完成した。実に見事で可愛らしい衣装で、俺たちはその出来栄えに感激するとともに、タウマがこれを着たらと考えると、どうしても彼女のことを思い出してしまうのだった。
ようやくその傷が癒えかけたとき、今度は彼女の肖像画が上がってきた。これも実によくできた作品で、まるで彼女が生きているかのような完成度だったのだ。普段は王宮お抱えの絵師が描くのだが、先に述べたように、大上王と先王が無くなっており、絵師たちはてんてこ舞になりながら絵を仕上げていた。そこに、タウマの死だ。絵師が足りなくなっていた。宰相らは頭を抱えていたが、意外なところにそれを担う者がいた。何とロウロたちエルドライの斥候たちだった。
斥候は物事を正確に伝えるというのが必須の仕事だ。もちろん記憶力は言うまでもないが、絵を描くことも訓練されていたらしい。それはそうだ。敵の城の状況を説明するのに、あそこに大きな門がドンと、そこに大きな堀がバンとあります、では話にならない。見た情景を正確に写し取ることで、情報を伝えることができるのだ。
ロウロたちにその話をしたところ、彼女らは戸惑いながらもお役に立てるのであれば、と引き受けてくれた。そして完成したのが、先に述べたものだ。今にも動き出しそうなその出来栄えに、俺は思わず落涙してしまったほどだ。
そういうこともあって、俺たちはなかなかタウマのことを忘れられずにいる。忘れられないというより、まだ、彼女の死を受け入れられていないというのが正しいだろうか。それではいけないというのは、十分すぎるほどにわかっているのだが……。
ただ、俺自身も、いつまでも彼女のことに心を囚われているわけにはいかなかった。年が明けたらすぐにエルドライに向かわねばならなかったからだ。出立は明日に迫っている。
今回は俺と共に護衛としてオジキのトラマが同行することになった。むろん、シェイスも同行する。主だった人物というのはそのくらいで、親父やフィリアは王宮に残していくことになった。
親父もオジキも、エルドライは俺の命を狙うことはないと断言していた。それよりも、大なり小なりの揺さぶりをかけてくる可能性が強い。変にわかりましたと言って相手の言葉を受け取るなと釘を刺された。オジキはいろいろと動いているようで、道中の見張りはもちろん、各宿泊する町にも自分の弟子を派遣している。そして、エルドライの帝都には、何と親父の弟子たちが派遣されることになった。これは、オジキのアイデアだ。
「兄さんが一声かければ、弟子の二百や三百はすぐに集まりますでしょう。その者たちを帝都に派遣してください。一万の軍勢を連れていくよりも、効果があります」
オジキはそう言って親父に頭を下げていた。親父は親父で、さあ、どうだろうねぇ、と懐疑的だったが、蓋を開けてみれば、予想以上の数が帝都に集まりつつあるらしい。
「こいつぁ、やりすぎちまったぜ、ぼち公」
俺の私室にやって来たオジキが嬉しそうに口を開く。
「兄貴の弟子が、五百を超えて集まっているらしい。やっぱり兄貴は偉ぇんだな。それに、お前ぇもなかなか人望があるじゃねぇか」
「そうですか?」
「そうよぉ。皆、坊ちゃん大事、若旦那大事ってんでひと肌もふた肌も脱いでいる連中だぁ。お前ぇのためなら命を投げ出す連中だ。エルドライへの圧力としちゃ、大極上々吉てぇやつよ。お陰で、エルドライじゃ宿が不足しているらしい。ざまあねぇな、カッカッカ」
オジキはそこまで言うと、真面目な表情になった。
「城からこっちは兄貴と俺の弟子たちがお前ぇを守ってくれる。城の中でも、俺とシェイスがお前ぇを守ってやる。ただし、テキの皇帝と大帝とサシでの話し合いになったときには、俺もシェイスも助けてやることができねぇ。腕ずくの勝負ってんなら、お前も負けねぇだろうが……。あたぼうよ。剣の修行もろくにしていねぇジジイの剣を受けるほど、お前ぇもお人よしじゃねぇだろう。大事なところはそこじゃねえ。サシでの話し合いになったとき、奴らはどんな条件を出してくるのかがわからねぇ。お前ぇ、全身の毛穴を開いて話を聞きな。うかうかしてたら、気づいたら国を取られちまいました、ってぇことになりかねねぇからな」
俺は戸惑いながら頷いた……。




