暗殺王捕縛
「さすがはコハタリア、俺たちの包囲を搔い潜りやがったか」
トラマの声に、シェンが口を開く。
「いや、待ってください伯父さん。誰もこの部屋から逃げられないと思います。扉は閉まっています。俺たちの包囲を搔い潜るというのは、無理ですよ」
「ほう。生意気なことを言うじゃねぇか。そうかい。俺たちの包囲は、掻い潜れねぇか。カッカッカ」
そう言ってトラマは呵々大笑した。シェンは一体何がそんなにおかしいのかがわからずに、怪訝な表情を浮かべている。
「きっと、コハタリアな……オイ。ちょっと耳を貸ねぇ」
「耳?」
シェンは顔を近づける。そのとき、耳元に風を感じた。見ると、伯父の姿はそこにはなかった。頭上で何かがはじける音がした。慌てて顔を起こすと、伯父が空中に浮いていた。その先には、小柄な男が壁に張り付いていた。いや、部屋の角を利用して、天井に逃げていたと言っていい。その男の首筋に伯父は剣を放っていた。それを男は短剣で防御していた。伯父の顔は見えないが、男は信じられないと言った表情を浮かべている。そのまま二人は落ちてきた。
「ロウロ、ベッドに下に隠れろ!」
二人が落ちてくると同時に、シェンの声が響いていた。ロウロは慌ててベッドの下に身を隠す。ロウロでは絶対に勝てない相手であり、自分ですら勝てるかどうか……いや、きっと全力で戦っても勝てない相手だと直感的に思ったのである。
……これが、コハタリアか。
シェンは心の中で呟いていた。強い云々の感情はなかった。ただ、不気味さだけがそこにあった。この感覚は記憶がある。そうだ、幼い頃に森の中で毒蛇を初めて見たときの感覚に似ていた。そのときの蛇は、尻尾を小刻みに振って威嚇していて、何とも言えぬ不気味さを醸し出していた。目の前で短剣を構えているコハタリアは、まさしくそれに似ていた。
表情は落ち着いている。それだけに、この男が何をしてくるのかがわからない。シェンは木刀を下段に構えながら腰を落とす。同時にトラマは、剣を高く掲げるようにして大上段に振りかぶった。そのまま三人は動きを止めた。
先に動いたほうが負けであることは、三人共に承知をしていた。その中で最も不利な状態であるのはコハタリアであった。彼自身もわかっていた。これだけの手練れ二人の攻撃を同時に受ければ、躱せないということを。
頭の中には短剣で喉をついて自決すると言う選択肢もあった。だが、獲物は目の前にいる。国王シェン、ユアザライ一世をこの世から葬ることができれば、エルドライ帝国はやりやすくなる。兵を動かさずとも、この国を操ることは十分に可能だ。自分ができることは、この身を犠牲にしても、国王の命を奪うことであった。そのとき、トラマが構えを解いて口を開いた。
「コイツの狙いはぼち公、お前ぇだ。相手をしてやりな」
「ちょっ、冗談でしょう伯父さん? 俺が勝てるわけは……」
「なぁに、でぇじょうぶだ。お前ぇならなんとかできンだろう。このくらいの相手を制圧できなきゃ、俺っちの弟子たぁ、認められねぇな」
「伯父さんの弟子になった覚えは……ないですよ」
「そうかぇ? ああ、お前ぇは兄貴の倅だもんなぁ。こりゃ俺が悪かった。カッカッカッカ」
トラマの態度は、常識に照らせば考えられないことであった。今の彼には、何の備えもできていない。このままコハタリアが攻撃に移れば、たちどころに命を奪われるだろう。だが彼は、そんなことには興味がないとばかりに、暢気にしゃべり続けている。その、絶好のチャンスにも、コハタリアは構えを解かずに、忙しそうにトラマとシェンに交互に視線を向け続けている。
「それにしても、床に寝っ転がっているヤツらが邪魔だぁな。コイツら、ピクリとも動かねぇな。まさか、死んだンじゃぁ、あるめぇがな」
トラマはそう言って手に持っていた木刀で床に倒れている男の頭を小突いた。その瞬間、シェンが動いていた。
「……!」
カーンという乾いた音がした。コハタリアの眉間に正確な突きが入っていて、彼はたまらず声にならない声を上げた。と同時に、トラマはその口の中に拳を叩き入れていた。さらにその直後には、シェンの木刀がコハタリアの首に向かって振り下ろされていた。ドスン、という鈍い音と共に、彼は床に倒れ伏した。
「あっ、あっ、あああ、あああ……」
必死でうめき声を上げようとしているが、声にならない。剣を持つ手が小刻みに震えている。だが、体が自由に動かせないらしい。シェンはなおも、彼に向かって剣を構え続けている。
「もういいぜ、ぼち公。剣を下ろしねぇ。ヤツは動けやしねぇさ。ロウロ、待たせたな。もう出てきていいぜ」
トラマの声に、ベッドの下からロウロがはい出してきた。
「まさか、こんなことが……」
口を大きく開けながら悶絶しているコハタリアの姿を見て、ロウロが目を丸くして驚いている。その様子を見たトラマは、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「この国を狙おうと思った瞬間からコイツの負けは決まっていたのサ。おっかぁが死んだときに、大人しくしていりゃよかったンだ。俺様に目を付けられたが最後、どんな野郎でも、逃げられやしねぇのさぁ。エルドライの死神たぁ、俺が事だぁ」
見事な啖呵を切る伯父を見たシェンは、素直にその姿を、格好がいいと思った……。




