国王暗殺作戦
それから二週間後、コハタリアは六人の部下を伴って、ブライアルの王都に入った。途中、ヤマドの町に立ち寄ってみたが、そこは屈強の剣士たちが犇めいていた。言うまでもなく剣聖・ジサの弟子たちで、彼らはユアザライ村の道場に通うために、便宜上この街に逗留している者が多く、修行を終了しても、この街にとどまり続ける者が多かった。ジサの弟子たちの腕は確かであることは国中に広まっており、そうしたことから、警備や傭兵の仕事がひっきりなしにこの街に寄せられていた。彼らからしてみれば、この街にとどまり続ける限り、食うには困らなかったのである。むろん、コハタリアはその事情を把握していたが、町全体が緊迫している空気を敏感に感じ取っていた。それはつまり、エルドライからの襲撃に備えているのは明らかだった。
それはもちろん、ジサからこの町の弟子たちに暗殺者が逗留するかもしれないという触書きが出されていたためであった。コハタリアたちは、この場所は危険と判断して、休憩もそこそこに、馬車に乗ってこの町を後にした。
王都は意外にも活気にあふれていた。一応、皇后が薨去したこともあって、喪中であるとはされていたが、街の人々にはあまりそのようなことを気にしている様子は見えなかった。
宿屋に入り、作戦を立てる。彼らの会話は基本的に符丁で行われ、他の人に聞かれたとしても、まったくわからないように工夫されていた。
彼らは堂々と宿屋の食堂で食事と酒を飲みながら、表向きは商売に関する情報交換を行っていたが、その実は、今宵、国王の暗殺を決行する手はずについての相談がなされていた。
夜になると彼らは動き出した。事前に斥候たちからの情報で、城の構造に関してはかなり正確な地図が描けていた。それをもとに行動する。何と彼らは、堂々と城の正門を通って城内に進入していた。
夕暮れになると城門が閉じられる。そのとき、後宮などに納める品を持つ者たちが大挙して正門に押し寄せることが多々ある。そのとき、門番のチェックが甘くなる傾向がある。彼らはそれを狙ったのである。
城下で借りた大八車に女物の着物や化粧道具の入った箱を入れて、その下に剣などを隠して持ち込んだ。夕方から夜は後宮に納める品が多くなる。彼らも同じように、後宮に納めると言って門番に応対した。予想した通り、彼らはチラリと中を検めただけで、易々と彼らを通してくれた。これで、彼らの計画はほぼ、完遂したと言ってよかった。大八車をあらかじめ決めてあった場所に隠し、剣を取り出す。そのまま大八車の下に潜って休憩し、夜が更けるのを待つ。
日が暮れ、深夜帯に入ると、彼らは動き出した。大八車と荷を堀に沈めて処分し、気配を消し、足音を忍ばせて、城壁に向かう。壁と堀の境目まで来ると、そこから見事な動きで城壁を登り始めた。彼らは知っていた。この難攻不落の城にあって、唯一の弱点と言われる場所を。それは、手洗いであった。
城壁の上に飛び出すように作られた部屋がある。そこが手洗いだ。もちろん、皇帝や妃が使用するのではない。国王や妃たちに仕える者たちが使用するものだ。排泄物はそのまま堀に流れ込む形で処理されるため、清潔さを保つことができる。後宮の外にある国王の私室には賓客が訪れることもある。汲み取り式のそれにするとどうしても臭いが付き、失礼に当たるということから、従者用の手洗いが作られることになった。普段であれば、そこはいろいろな人間が出入りするが、今の時期は、妃であるフィリアが侍女らと共に里に帰っているために、そこはほとんど使われることがなかった。コハタリアたちはそこを狙ったのである。
城壁は人が登れぬようにするために、ほとんど凹凸がなかったが、彼らはそれをいとも簡単に乗り越えて壁を登っていた。恐るべき身のこなしと言わねばならなかった。
程なくして彼らは最上部に到着した。汚れなど意に介さずに便器を壊して中に入る。音を立てずに作業を行わねばならないために、相当の時間を要する。それまでの間、強風に晒されたが、彼らは壁に張り付いたまま、落伍する者は一人としていなかった。
全員が揃ったのを確認して、手洗いから外に出る。人の気配はなかった。薄暗い廊下が続いている。彼らの頭の中には、どこに何の部屋があるかがわかっていたため、迷うことなく国王の部屋の近くまでやって来ることができた。
不気味なほどに周囲は静まり返っていた。国王が後宮ではなく、私室において夜を過ごしているという情報を得ている。コハタリアは部屋の外から注意深く人の気配を探る。すると、二人の気配を感じ取った。そのうちの一人は、ほぼ気配を消そうとしているのか、かなり微弱なものであった。
これが国王シェンと妃ロウロである。彼はそう断じた。うまく気配を消しているが、完全に気配を消すこができていない。ただ、さすが剣聖・ジサの息子と言わねばならない。ここまで気配を消すことができる人間を彼は知らなかった。だが、暗殺王の異名をとる彼の気配探知は、その微弱な気配を正確に捉えていた。
コハタリアは手で合図をして、部下たちに抜剣を促す。自らも剣を抜いて、音もたてずに部屋の扉を開けた。中には誰もいない。奥の扉の向こうからは、かすかではあるが、男女の営みの声が漏れていた。これで合点がいった。この微弱な気配は国王シェンに違いない。コトの最中に完全に気配を消すことは、どんな優秀な剣士でも不可能だ。彼らはゆっくりと、そして、注意深く扉に向かった……。




