暗殺王の動きを読め
このオジキは普段は口が悪いが、兄であるジサ、つまりはオヤジの前では実に腰の低い男になる。兄さん、兄さんと親父を立てる。オジキはオジキで親父を絶対に勝てない相手だと思っているようで、よく俺には、お前ぇの親父の剣と俺の剣ぁ、最悪の相性だよと言って憚らなかった。
オジキの剣は一撃必殺だ。対してオヤジの剣は受けの剣だ。相手の動きに合わせて自分も動く。オジキ曰く、兄貴の剣は俺の攻撃のすべてを受け流す、とのことだ。俺は二人の試合を見たことがない。一度見てみたいと思うのだが……。今の状況では難しいか。
「エルドライのコハタリアが動くそうじゃねぇか」
オジキはそう言ってシェイスに視線を向ける。彼はハッとのその言葉を受けて、
「動く、という確証はまだ持てておりません。ただ……」
「動くに決まってらぁな」
オジキはそう言ってカラカラと笑う。
「大帝陛下に身も心もささげた男だぁ。おっかぁがしくじっちまったら、自分が出るしかねぇやな。そうでなけりゃ、大帝さまに、忠義心がないと思われちまう。それに、暗殺王などという物騒な二つ名を持っているヤツだぁ。テメェの看板を傷つけないために、きっと今頃、手下どもを集めてブライアルに向かう準備を始めているところだろうさぁ」
「さ……左様でございますか。でしたら、リアネスに手の者を差し向けませんと……。奴らなら、避難した村人を襲う可能性があります」
「さすがはシェイスだぁな。よくそこに気が付いたな。だが、心配には及ばねぇ。俺っちの弟子がすでにリアネスに向かわせてある。襲えば一網打尽さぁ」
「さ……さすがは、師匠」
シェイスはそう言って頭を下げる。少し狼狽えた姿を見るのは新鮮な気持ちがする。それほど、彼にとってノジア流総帥・トラマという男は、恐怖心を感じるのだ。
「叔父さん」
「何でぇ」
「コハタリアはやはり、俺を狙ってくるでしょうか」
「まあ、可能性は低いな。敵も馬鹿じゃねぇ。いきなりキングの首は獲れねぇことくらいわかっていらぁな」
「では……」
「知れたことだ。その嬢ちゃんを狙うだろうな」
「ふ……フィリアを、ですか」
「ああ。何も殺しゃしねぇ。城から攫っちまえばいい。お前ぇなら、この嬢ちゃんのためなら、ひと肌もふた肌も脱ぐってぇもんだろうがよ」
「いっ……いや」
「じゃあお前ぇ、この嬢ちゃんが裸にひん剥かれて、今にも犯されそうになっている場面を目の前にして、どうぞそのままやってください、とはならねぇだろうが」
「うっ……それは……」
「そこが、敵のねらい目、だ」
「では、フィリアは俺が……」
「そうよ。俺ぁ、敵の狙いをお前ぇに仕向けてぇのさ」
「俺……ですか」
「そうよ。国王になったとはいえ、まだまだ腕は衰えてねぇだろうが。ぼち公、お前ぇ、この嬢ちゃんの身代わりになりな」
「俺が、ですか」
「そうよ。コハタリアってぇ男は、一言でいえば臆病なヤツさぁ。例えば、腕に蚊が止まったとするだろ? 普通は叩き潰しちまう。だが、あのコハタリアはじっと血を吸わせておくのさ。そして、蚊が腹を満たしたところを狙いすまして叩き殺す、そういう男だ。つまりは、ありとあらゆる方法を考えて、一番安全な道を選ぶ。ヤツにぼち公、お前ぇを狙うのが一番安全だと思わせられるかどうか、そこが勝つか負けるかの分かれ目だ」
オジキは嬉しそうに笑う。何やら楽しそうだ。
「おいシェイス。そう言えば、腕の立つ女斥候がいると言ったな。そいつぁ、どうしたい?」
「ロウロという女性は、お妃として部屋を与えられております。残りの者は、陛下に刃を向けましたので、全員牢に閉じ込めております」
「妃ぃ? ぼち公、なんでぇ。もう妾を拵えたのかい。貴様手が早ぇな」
「ちっ、違いますよ。何もしていません。行きがかり上、妃になっただけです」
「そいつに合わしてくんねぇか」
「いっ、いいですが……。何をするつもりです?」
「なぁに。いろいろ使い道があると思ってな。早速会わしてくんねぇ」
シェイスはすぐに外に出ていった。しばらくして、ロウロを伴って部屋に戻ってきた。さすがにロウロも相当に修練を積んだ者だ。オジキを見て、驚いた表情を浮かべた。
「何でぇ。俺っちを見て慄くなんざ、失礼じゃぁねぇかい」
「いっ、いえ……失礼しました」
「見たところ、まあまあの年だな。いや、褒めてるンだ。年増ンなかでも、相当のいい女だぁ。なるほど、相当に修練したなぁ。見りゃわかる。いい腕をしているなぁ。ぼち公にゃ勝てねぇだろうが、よーいどん、の試合なら、メイルには勝てそうだなぁ」
「お、恐れ入りますが、こちらのお方は」
「ああ。俺の叔父にあたる人だ」
「ノジア流のトラマだ。見知りおいてくんねぇ」
「ノジア流? トラマ? まさか……総帥、トラマ……」
「なンだ、知っていやがるのか」
オジキはそう言うと豪快にカッカッカと笑った。
「この嬢ちゃん、いいな。おい、いいことを、思いついたぞ」
オジキの目がキラリと光っていた。俺は何かイヤな予感がした……。




