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忘れえぬ面影

その夜は、俺とフィリアは後宮で寝ることになった。


つい数時間前にフウミが凄惨な自決を遂げた敷地内で寝る、というのはさすがにどうかとは思ったが、親父もお袋もメイルも、タウマがこの世を去った部屋に居たいという思いを尊重したのだ。さすがに皆は自室に帰ると言っていたが、実のところを言うと、俺はあの部屋にはちょっと居たくなかった。タウマのことを思い出してしまうからだ。それはどうやら、フィリアも同じだったようだ。


後宮の寝室も風呂が付いている。そこで湯浴みをする。フィリアは一人で入りたいということで、俺が先に入ったのだ。湯を浴び、体を拭いて外に出る。入れ替わるようにしてフィリアがバスルームに入る。俺が出た後ですぐに侍女たちが浴槽を片付けたり、着替えを用意してくれたりしている。相変わらず、こうした連携は見事なものだと感心する。


ベッドに入ってフィリアを待っていると、やはりタウマのことを思い出してしまう。今にもあの扉が開いて、フウミに手を引かれながら、静々と彼女がこちらにやって来そうな気がする。そう、今にも……。


次から次へと走馬灯のように思い出がよみがえる。初めて彼女がこの部屋にやって来たときのこと。恥ずかしそうにしていたあの姿。そこから、エルドライに行けると知ったときの喜びの顔……。離宮で過ごしたときのことなどが、鮮明に記憶にある。姫、と呼べば、出てきそうな気がする。ああ、やっぱり部屋を変えてもだめだなと心の中で呟く。だが、唯一の救いと言えば、あの、やせ細った姿ではなく、思い出されるのは、元気だったころの彼女の姿であることだ。


そのとき、バスルームの扉が開いて、フィリアが出てきた。彼女は無言のままベッドに入って来る。そうして、スッと俺に抱き着いてきた。


「……やはり、思い出してしまいますか?」


「……うん。この部屋で一緒に寝ていたからね」


「私は……このお部屋に入るのは初めてですが、やっぱり思い出してしまいます」


「……元気な笑顔だった」


「はい」


「子供の頃、村に住んでいた爺さんが言っていた。もう、ヨボヨボでいつ死んでもおかしくない状態だった。その爺さんに聞いたことがある。死ぬのは怖くないか、と」


「……」


「爺さんは笑いながら言っていたよ。死ぬのは怖くない、と。ただ、怖いと思うとすればそれは、自分の存在を忘れられることだ、と。だから、他の村人が自分のことを忘れても、お前だけは、儂のことを覚えておいてくれと言われたんだ。だから、タウマのことも、ずっと、覚えておいてやろう」


「そうですね。私も、忘れないように、心に刻みます」


俺は思わず彼女を抱きしめた。彼女の何とも言えぬいい香りは、少しだけ、俺の心を軽くしてくれた。


◆ ◆ ◆


翌日、俺の許に来客があった。別に謁見の間を使う程のこともなく、自室でその客を引見した。そこには、俺の他にフィリアなど、家族全員が顔を揃えていた。それは、シェイスが皆を呼んだためだ。男は部屋に入るなり、俺ではなく、親父に声をかけた。


「……お久しぶりです、兄さん」


「久しぶりだね、舎弟」


シェイスが呼んだのは、ノジア流総帥であるトラマだった。


このオジキに会うのは、俺も久しぶりだ。一度見たら忘れない顔……。しゃくれた顎、細い目……。針金のような細い体。そのために、顔が異様に大きく見える。言ってみればグロテスクな風貌をしている。その不気味さは今も健在で、久しぶりとはいえ、この人の姿を見たときには、武者震いがした。


その剣の腕も凄まじく、幼いころから神童の名をほしいままにした実力は折り紙付きで、俺などは百回試合っても一度も勝てないだろう。この叔父の特徴は、神速とも言われる剣筋にある。斬ろうと剣に手をかけた瞬間には斬られている。それほど剣筋が早い。だから、この叔父と戦うときには、絶対に彼の間合いに入ってはいけない。それは死に直結するからだ。とはいえ、間合いの外から攻撃を仕掛けようにも、有効な作戦はないので、結局逃げるしか手はないのだが。ああ、いかん。オジキを目の前にすると、国王という立場を忘れて、一介の剣士になってしまう。それほど、この叔父は剣士にとって魅力的な男なのだ。


そのオジキは親父と短い挨拶を交わすと、俺に向き直り、ゆっくりと片膝をついた。


「国王陛下にあらせられましては、ご機嫌も麗しく、何よりとお慶びを申し上げます。麗しきご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ上げ奉ります」


「よしてください叔父さん。シェンで結構です。いつもようにお呼び捨てください」


「いえ、それでは……」


ああ、めんどくせぇなと心の中で呟きながら、俺はシャンと背筋を伸ばす。


「トラマ・モーリ・ノジア」


「ははっ」


「以前のごとく、余に接せよ。これは、朕の命令である。いや、たっての願いである」


オジキは少し驚いた表情を浮かべたが、やがて、ゆっくりと息を吐いた。


「久しぶりだな、ぼち公。なんだ、村道場の若旦那も、着る物を着て、収まるところに収まっていりゃ、立派な国王様にみえらぁな。おらぁ、おったまげちまったぜぇ」


……相変わらず、口が悪い。でも、これでやっと、いつものオジキに戻った。俺はホッと胸を撫で下ろした。

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