タウマ姫の容体
まさに手に手を尽くした看病と言ってよかった。医師であるデアダはすぐに薬を調合して姫に与えた。口の中に湿疹ができているために水すらも飲みにくいことを考慮して、痛みを止める成分も調合し、さらに、口あたりをよくするために、はちみつを少し加えて甘さを出し、さらに冷たく冷やした水でそれを与えた。すでに意識はなかったが、それでも彼女は薬をごくりと飲み込んでくれた。
フィリアの看病は見事と言えた。常に体を冷やすために濡れタオルを変え、熱を測った。妹のメイルもひっきりなしに水を替えている。さらには、湯を持ってこさせて、タウマの体を拭くと言い出した。さすがにそれは必要あるかとは思ったが、二人は大量の白い布を用意させると、俺たち男は外に出るように促した。
「……で、姫の容体はどうなのだ」
別室で診察に当たったデアダに状況を聞く。彼は言葉を選びながら説明をしたが、状況としては芳しいものではなかった。一番の理由が、姫の体力が尽きていることだった。おそらく、体全体の動きが低下していて、このままでは相当に危険な状態であると言わざるを得ない、というのが彼の見立てだった。その話を聞きながら俺は、心の底から後悔した。ロウロに薬を持って行くなどという策を弄さずに、あのとき無理矢理扉をこじ開けて、姫に薬を飲ませるべきだった。フウミという女性を信じたのがバカだったのだ。
側に控えるシェイスは、淡々と話を聞いている。別に俺を慰めるでもなく、医師に指示を出すわけでもなく、本当に淡々とした様子だ。
ややあって、ロースマイがやって来た。フウミ以下、姫に仕えていた女官たちは全員拘束されたのだと言う。しかも、彼女らを捕らえたのは、メイルの夫であるクレストなのだそうだ。ずいぶん手際がいいなと思っていると、どうやら、シェイスが命じて行かせたようだ。相変わらず抜け目がない。
乳母・フウミの怪我が最も重いらしい。それはそうだ。本気で顔面に蹴りを入れたのだ。女性に手を挙げてはいけないというのはよくわかっているし、そんなことをする気持ちはさらさらなかったのだが、どうしても、いや、体が勝手に動いた。それだけでなく、他の女官たちにも手を挙げてしまった。女性に手を挙げるのは、今回だけにしたいものだ。
フウミは前歯が欠けてしまっているそうだが、それでも彼女は気丈に、もう少しで帝国の御典医さまがやって来る。にもかかわらず、姫様を連れて行ったのは、帝国に対する挑発である、などと喋っているらしい。シェイスに確認してみたが、その御典医様が帝国を出発したという報告は聞いていないのだという。
我が国の法に照らせば、彼女らは剣を抜き、国王にその刃を向けたのだ。全員死罪が適当なのだそうだが、彼女らをどうするのかは、俺に一任されているという。つまりは、似て食おうと焼いて食おうと好きにできる状態であり、さすがの帝国も、そこまで無礼を働いた彼女らを庇うことはないのだという。だが、今はそんなことを考えている状況ではないから、しばらくは放っておけと命令する。
「この度のこと、すべては私の不手際でございます。いかなる罰も甘んじて受ける覚悟でございます」
部屋を去る際に、ロースマイはそう言って深々と頭を下げた。その彼女に俺は、あなたを罰する気持ちはさらさないと言っておいた。
しばらくすると、メイルが入室してきた。彼女の顔は沈んでいた。こんな表情を浮かべた妹を見るのは、初めてのことだ。
「……見て」
彼女はタオルを差し出してきた。見るとそこは黒くなって汚れていた。
「ほとんど湯浴みもしていないみたい。一体何をしていたんだろう。せめて体くらい拭いてあげればよかったのに」
メイルはそう言って目にうっすらと涙を浮かべた。
案内されて部屋に戻ると、ベッドの周りに汚れたタオルが散乱していた。一様に黒く汚れている。一体何日湯浴みをしていなかったのだろうか。さぞ気持ち悪かったことだろう。そのタウマ姫は、呼吸は荒いが、少し顔色がよくなったようにも見受けられた。
「私もね、手伝うよ。何でも言ってちょうだい。これでも、シェンとメイルを育ててきたんだから」
母が気丈に振舞う。フィリアはありがとうございますと頭を下げた。
気が付くと、ベッドのシーツが取り換えられていた。部屋の片隅に大きな布が丸められて捨て置かれていたが、どうやら取り換えた後のシーツらしい。これで少しは、さっぱりとした状態で落ち着いてくれればいい。
それにしても、と心の中で呟く。
あのフウミと言う女性は本当によくわからない。それだけ大切な姫様ならば、どうして彼女が嫌がるような服を着せて、閨に送ってきたのだろうか。まともな人ならば、本当に彼女のことが大切であるならば、彼女が成人するまで何としてもそれは避けるようにするのが普通だろう。それに、痩せさせるために食事を制限していたというのも理解に苦しむ。彼女の思いは、姫にではなく、別のことに向いていたのではないか。その辺のところを聞いてみたいが、聞いても彼女は喋らないだろう。
そんなことを考えながら姫の看病をしていると、いつしか空が白み始めていた……。




