戦闘開始
姫の部屋に着くと、ロースマイは扉をノックした。中から反応はない。彼女はもう一度、扉をノックした。だが、それでも中から反応はない。
ロースマイはゆっくりと振り返った。俺はやれ、と心の中で呟きながら頷く。
懐から、首に紐でぶら下げている鍵の束を取り出す。彼女は何の迷いもなくそこから一本のカギを取り出すと、それを鍵穴に突っ込んだ。
ガチャリ、と重い音がした。その瞬間、室内から殺気が漂ってきているのがわかった。それはロースマイも感じたようで、彼女は一瞬動きを止めた。
フッと一呼吸を置いて、彼女はゆっくりと扉を開けた。と、その扉を後ろから俺が乱暴に開け放つ。同時に、ロースマイを押しのけるようにして部屋に入る。
「何者ですか!」
中には四人の女性が控えていて、全員が抜剣している。その様子を見たロースマイが声を上げる。
「何をしているのです! 国王陛下の御前です! すぐに剣を納めるのです! 国王陛下に刃を向けるとは不敬です! 剣を納めなさい!」
彼女の声に女性たちは反応を示さない。相変わらず俺に殺気を向け続けている。これ以上踏み込めば斬るという意思表示だ。
そのとき、ロースマイが俺の前に出ようとした。それを手で遮って押しとどめる。
「陛下……危険でございます」
「……そういえば、この後宮には寸鉄すら帯びては入れないのでは?」
「は?」
俺の質問が予想外であったのか、彼女は目を丸くして驚いている。
「後宮には、武器の類は持って入れないのではなかったのですか?」
「……申し訳ございません。花嫁道具に紛れて持ち込んだようでございます。何度となく、武器を捨てるように申しましたが、皇帝陛下の特別の許しを得ているとの一点張りでございました」
「何ということだ」
俺は呆れかえっていた。それだけ、エルドライという国は我が国をナメているということだ。そんな話は一切聞かなかった。ロースマイは一人でこのわがままな女性たちと戦ってきたのだ。きっと、彼女らを怒らせれば、エルドライとの関係が悪くなると思ったのだろう。その気持ちはわからなくはない。俺は心をおちつけると、四人の女性たちに向かって口を開いた。
「別に、お前たちをどうこうしようとは思っていない。ただ、姫の様子を見るだけだ。一目会わせてくれればそのまま帰るつもりだ。剣を納めてくれ」
だが、それでも彼女らは動かない。相変わらず俺に殺気を向けてきている。仕方がない。
俺は無言のまま一歩前に進み出た。さらに進む。そのとき、女性の一人が動いた。正確に俺の首を狙って剣を振るっている。だが、俺は彼女の腕を掴み、剣筋を止めた。そのまま手に力を籠める。たまらず彼女は剣を床に落とした。その瞬間、腹に一撃を加えて気絶させる。
女性が床に倒れると同時に、三人が動いた。遅い。一人目の剣を躱し、もう一人の女性の腹に当て身を食らわせる。がっくりと膝をついて崩れるその首に手刀を当てて意識を刈り取る。
残るは二人。その二人の顔から血の気が引いている。恐れ戦いているのがわかる。もう、こうなっては彼女らは俺を殺せない。そもそも、扉一枚を隔てていてもわかるくらいの殺気を放っていた段階で、彼女らの運命は決まっていたと言っていい。本気で俺を殺すのであれば、鍵などかけずに一切の気配を断って潜まねばならない。それをやって、ようやく可能性が数パーセントに上がるのだ。
ゆっくりと二人に近づく。俺が進むのと同じだけの歩幅で下がっていく。それなりに剣の修行を積んだのだろう。悪くない足捌きだ。
一人が剣を水平に構えて突進してきた。ここで捨て身の攻撃に移るのはいけない。もう一人味方がいるのだ。捨て身の攻撃に出るのは、単体でしかも、退路が確保されたときにするものだ。
易々と攻撃を躱し、首に手刀を叩き込む。彼女は声も上げずにその場に倒れ伏した。残るは一人だけだ。
地味だが、ロースマイの動きが素晴らしい。常に俺の後ろに回っている。きっと剣の修行などはしていないだろうが、何度か襲われた経験があるのだろう。俺から一定の距離を取った状態で、一緒に動いている。
最後の一人と対峙する。きっと四人の中で一番力がないのだろう。恐怖の色をありありと出しながら、剣を振り回している。これでは蚊も殺せない。俺は剣を捨てろと命令する。剣を捨てて大人しくしていれば罪には問わないと言ってやるが、剣を離さない。仕方がないと、俺から動く。一瞬で間合いを詰めて、顔と顔が至近距離まで近づく。
「うぁ」
声にならない声を上げて女性は倒れた。俺の拳が正確に彼女の鳩尾を貫いていた。
ロースマイがあちらの扉ですと指をさす。よく見ると、部屋には三つの扉があった。彼女が示したのは、一番右側の扉だった。どうやらあとの二部屋はフウミと、倒れている彼女らのプライベートルームであるらしい。俺は指定された部屋の扉をゆっくりと開けた。
薄暗い部屋だった。部屋の真ん中に大きなベッドがあるのが見えた。ふと見ると、そのすぐ前に、小柄な女性が両手を上げて仁王立ちしていた。よく見るとそれは、乳母のフウミだった……。




