朕の命令
ロウロから、薬を無事にフウミに渡せたと聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろした。だいたい、薬を飲めば、一日二日で熱は下がり、回復に向かう。きっと、長期の発熱でなかなか食欲も出なかったことだろう。きっと、また、以前のように痩せてしまっているに違いない。いや、まさに、こういうときこそ、親父が作る餅が役に立つのだ。あれは口当たりがいい。お粥は食べられなくとも、あの餅は食べられる。今度、後宮に行く際は、あの餅をたくさん持って行こう。お父さん、餅は手に入れてきますから、たくさん作ってくださいというと、目の前の父は笑って、
「病み上がりの子供に、たくさん食べさせては食傷してしまうよ」
と言って頷いた。
ロウロが戻ってきてから二日後、俺は満を持して後宮に向かった。薬を飲んでいれば、熱は下がったはずだ。もしかすると、廊下を歩いて来るのが大変かもしれない。そのときは、俺が負ぶって行けばいい。あの熱病に罹った者でないとわからないだろうが、熱が下がると甘味を欲しくなるのだ。俺もメイルも、熱が下がってすぐに、親父の作った餅を食べた。ただ、俺の場合は、食い意地が張っているので、そのあと文字通り食傷してしまい、腹を下したのは、ナイショの話だ。
その前日には、大上妃の許に行って、餅をもらってきていた。相変わらず彼女は現実と夢との間にいた。ぼんやりと、まるで人形のように、椅子に腰かけながらあらぬ方向に目を泳がせていたが、俺をしばらくの間眺めていると、ふとした瞬間に目の焦点があった。そこから、お前様! と叫ばれて抱きしめられ、三十分も泣かれてしまった。何度彼女に愛していると言ったかわからない。お陰で少し俺の声は枯れている。
泣いて喚いて宥められて……。そんなことをしているうちに、いつしか彼女は眠ってしまった。何かロレツが回らなくなってきたなと思っていると、気づけば眠っていた。ただ、俺が来るとしばらくは落ち着いて時を過ごしているようで、ロースマイたちには大いに感謝されてしまった。
餅とはちみつが入った箱を持って部屋で待っていると、ロースマイが入ってきた。彼女を見た瞬間、何やら悪い予感がした。俺の心境を察したのか、彼女は俺を見ると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「誠に申し訳ございません。本日の、お妃さまのお渡りは、ございません」
どうした、と尋ねると、
「未だ、熱が下がらぬようでございます」
「薬を、飲んでいないのか」
「お飲みになられたか否かは、定かではございません」
「熱が下がっていないのだろう? ということは、薬を飲んでいないということじゃないか」
「ただ、フウミは、ご本復は間近で、心配には及ばぬ、と」
「それは先日聞いた。本復していないではないか」
「……」
ロースマイに言っても仕方がないことだとはわかっている。きっと、ヤツらは俺の薬を、ロウロに持たせた薬を姫に飲ませていない。飲めば治るのに、どうして飲ませないのか。姫は毎夜熱にうなされて辛いのではないのか。その辛さをどうして取り除いてやらないのだ。俺は訳がわからなくなった。
「今から姫の許に行く。案内してくれ」
「無駄でございます」
「無駄? なぜだ」
「あの者たちは部屋に鍵をかけて、私と会おうとはいたしません」
「はぁぁ?」
呆れ果てて物も言えないというのは、このことだと思った。一体どこまで俺たちをバカにすれば気が済むのだ。ええい、俺はもう知らん。勝手にしろと腹の中で呟いて立ち上がる。
無言のまま歩き出す。後宮の入り口に向けてどんど歩いて行く。ロースマイが後ろから付いて来る。
だが、何とも言えぬ胸騒ぎが止まらない。イヤな予感がして仕方がなかった。
「ロースマイさん」
立ち止まって口を開く。彼女が俺の側に来て、ハッと言って恭しく頭を下げる。
「あなたは、後宮総取締役、ですね」
「左様でございます」
「この後宮のことは、すべて熟知しているはずですね。表も裏も」
「……」
「あなたならば知っている、いや、持っているはずだ。部屋の合鍵を」
「それは……」
「たとえ、中から鍵をかけていたとしても、合鍵を使って外から扉を開ければ、それは意味がなくなる」
「あの……」
「今すぐ、姫の部屋の合鍵を持ってきてください。一緒に行きましょう」
「あの……何をなさるおつもりでしょうか」
「あいつらから姫を奪う」
「……」
「体調が回復していればよし、していなければなおのことだ。姫の身柄を、後宮の外に出す。俺の部屋に連れていく」
「……恐れ入ります。お妃さま、ましてや、皇后さまが後宮の外にお出になり、陛下の私室でお休みになられたというのは、古今を通じて前例がございません」
「ならば、今作ればいい」
「……」
「余は、ブライアル王国国王、ユアラザイ一世である。これは、朕の命令である」
「はっ、ははっ」
ロースマイは膝を折って礼をすると、踵を返して姫の部屋に向かって歩き出した。俺も、その後に続いた……。




