誰が持って行く?
シェンは無言のまま踵を返した。このまま部屋に踏み込んでもよかった。だが、どうやら中からはカギがかけられたような音が聞こえていた。扉を蹴破って中に入ることはできなくはなかったが、眠っている姫を起こしてしまうのは、さすがにかわいそうだと思ったのだ。
ロースマイも何も言わずに後ろをついて来るが、すでに怒りの頂点に達していることが察せられた。その彼女には言葉をかけずに彼は真っすぐ後宮を出て自室に戻った。
剣聖・ジサがカンサ草を携えて戻ってきたのは、翌日の夜になってのことだった。彼は丸一昼夜、食事も摂らずに馬を走らせて薬草を採り、城に戻って来ていた。ありがたいと思うと同時に、シェンは父の体調を心配したが、彼は何の問題もないとケロリとしていた。彼は食事を勧める息子の言葉を丁寧に辞して、すぐに薬の作成に入った。草の根の固い部分を取り出して、石うすで丁寧に挽いて粉にしていく。ほどなくしてそれはでき上った。
ただ、その薬をだれが持って行くかが問題だった。昨日のフウミの態度では、シェンやロースマイが持って行ったところで、受け取るとは思えない。さて、どうするべきかと考えていたそのとき、妹・メイルが口を開いた。
「ロウロさんに持って行ってもらえればいいんじゃない?」
確かに、彼女は元々は姫に仕えていた侍女の一人だ。彼女の言葉ならば、フウミの耳にも届くだろうということで、薬はロウロが持って行くことになった。
「お任せください。乳母殿を説得して見せます」
彼女は力強くそう言って、後宮に向かった。
◆ ◆ ◆
「おお、そなたが戻って来やるとは、珍しいことじゃな」
フウミはロウロが戻ってきたと聞いて、すぐに自室に通した。彼女はロウロを見ると、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。そなた、と呼んだ点から見ると、警戒心はそうはないようだ。むしろ、彼女の興味はきっと、国王の手は付いたのかと聞きたいのだろういうことが、手に取るようにわかる。その質問が出る前に、ロウロは懐から薬包を取り出して、フウミの前に置いた。
「これは、なんじゃ」
「姫様のお薬でございます」
「……」
「お加減が、およろしくないと聞いております」
「……大事無い」
「で、あればよいのですが」
「ご本復は間もなくじゃ」
「左様でございましたか。私がお持ちした薬は必要なかったのかもしれませぬ。一応、帝国の腕の良い薬師に調合させたものでございましたが……」
ロウロは帝国、ということばに少し力を込めた。この女性は帝国のものであれば盲目的に信用するクセがある。彼女はその点を狙ったのである。
「帝国? ほう、帝国の薬かや。それは……大義であるのぅ」
予想通り、フウミは下卑た笑みを浮かべた。
「いま、人をやっての、御典医・サルバルさまにお越しを願っているところじゃ。まもなくサルバルさまがお見えになろう。何も心配はいらぬ」
フウミはそう言ってホホホと笑った。
……バカな。ロウロは心の中でそう呟いていた。確かにサルバルは帝国の中でも名医と名高い医者だ。だが、その彼がわざわざブライアル王国までやってくるものだろうか。皇帝陛下が医師を派遣する可能性はゼロではないが、来るなら来るで必ずその前触れがあるはずだ。今のところ、帝国から使者が来たという話は聞かない。そもそも、サルバルがこの城までやって来るのに、少なく見積もっても数日はかかる計算だ。そんな悠長なことでよいのだろうか。逆を考えれば、それだけ姫の体調は回復に向かっているとも考えられるが、ブライアルの医師を剣で脅して追い返し、国王の見舞いすらも拒否しているのだ。それだけを考えても、姫の容体は予断を許さない状況ではないのか。ロウロは自身が薬を持ってきてよかったと思った。
「ところで、この薬は、何を使っておるのかぇ? 薬草……か?」
「私も詳しくは存じません。ただ、最も熱に効く薬と効いております」
「左様か。大義であった。国王の側にあってなかなか動きの取りにくい中、よくやってくれたのぅ。そなたの帝国への忠義は、必ず皇帝陛下、大帝陛下に伝えるによって、褒美を楽しみにしているがよいぞ」
「ははっ。ありがとうございます」
「ささ、そろそろ戻りゃ。あまり妾の部屋に長居をすると、あのロースマイが煩かろう。よいぞえ、下がりや、下がりゃ」
「はい。でしたら、失礼いたします」
ロウロが立ち上がると、フウミも立ち上がり、彼女を部屋の前まで送っていった。彼女の性格上、自分より身分が下であると解釈している者には、そういったことは絶対にしない人であった。そんな彼女の様子にロウロは気味が悪いと思いながらも、部屋を出ると彼女に恭しく一礼した。
「また、何かあれば、伝えてくりゃ」
フウミはそう言って扉を閉めた。そとからロウロの足音が少しずつ遠ざかっていく。それを確かめると彼女は机に向かい、置かれている薬包みを手に取ると、それを窓の外に投げ捨てた……。




