別人
「ひっ、姫……姫様っ。その、さ、三人で、裸で、遊ぶ、というのは、どどどういうことでございましょう」
フウミは目を丸くしながら、タウマ姫に近づいた。まさか、国王の手が付いたというのか。いや、それであれば、姫様は報告をするはずだ。だが、姫様は確かに三人で、と言った。もしかすると、あのフィリアという妃が手ほどきをしたのであろうか。ない話ではない。かの大帝陛下も若いころは数人の女性と閨を共にしたことがあると聞いた。国王もそれに倣ったのだろうか。
タウマ姫は、キョトンとした表情を浮かべている。すぐに彼女はフウミの様子を察すると、ニコリとかわいらしい笑みを浮かべた。
「泳いだの」
「およぐ?」
「川でね、泳いだの」
「は? かわでおよぐ?」
「お城にも大きな池があるから、今度、陛下とお姉さまと一緒に、泳ぐの。爺に教えてもらうの」
「え……それは、まさか」
「お水の上に浮きながら流れているの、すごく楽しかった」
当初は、水遊びをする予定だったのだ。だが、シェンの父であるジサは、下着一枚になって川で泳ぎ始めた。シェンは親父の泳ぎ好きが始まったと言って苦笑いを浮かべ、フィリアも笑顔を浮かべながらその様子を見ていた。だが、タウマ姫は、人が水の中で泳ぐという光景を初めて見た。興味深そうに様子を眺め、やがて、戻ってきたジサに、どうやってあんなことをしたのかと問うたのだ。
「なに、簡単なことですよ。ただ、水の流れに身を任せればよいのです。泳ぎはいいですよ。この感覚を覚えれば、剣などを躱すのは訳なくなります」
彼はそう言って頷いた。姫には剣云々の話は耳には入らず、ただ、水の流れに身を任せるという言葉だけが頭に残った。そうしておいて、私もやってみたいと言い出したのだった。
さすがに服を着て水の中に入ることはできなかったが、姫は恥じらいもなく下着一枚になって川に入った。見かねてシェンとフィリアも下着一枚になって川に入り、彼女を介添えした。
ジサが教えたのは、体の力を抜いて水に浮くというもので、彼は手の上に姫の頭を乗せるように指示した。彼女は唯々諾々としてそれに従った。
タウマはコツを掴むのがとても速かった。ジサ曰く、この姫は相当に運動神経がよく、ちょっと手ほどきをすれば、何でもできるようになると言って笑った。彼女は川に入ってわずか十分後には、歓声を上げて川の流れに身を任せるようになった。
三人の連携は見事だった。まず、川上にはジサが控え、川下にはシェンとフィリアが控えた。姫が川から流れてくるとフィリアが彼女を抱き留める。そうしておいて今度はシェンが彼女を抱っこして川上に連れていく。姫は再び川の水に身を任せる。その隣をシェンが泳いで見守る……。そんなことを何度も繰り返したのだった。
陽が西に傾くころ、ジサはもっと面白い泳ぎ方を教えようと言った。泳ぎを極めれば、服を着ていても泳げるようになるのだという言葉を、姫は目を輝かせながら聞いた。城の中にも大きな池があり、そこでも十分に泳ぎを堪能することができる。今度はそこで皆で泳ごうとシェンは言ったが、姫はその言葉を額面通りに受け取っていた。
フウミは彼女の言葉を黙って聞いていた。よくもそんな危険なことを姫様にやらせたなという怒りと、よくぞ無事に帰って来てくれたという安堵の思いが交錯して、何とも言えぬ感情を抱えていた。もう二度とあの者たちに関わるなと言いたかった。何をやっているのかと声を上げたかったが、彼女は黙って話を聞いていた。これほど楽しそうにあれこれと、今まであったことを話す姫様は、初めて見る光景だったのだ。まるで、目の前の少女が全く知らない誰かにすり替わっているのではとさえ思うほどだ。フウミが知っているタウマ姫は、人見知りの激しい少女だった。実の父母でさえ、まともに話をすることができなかった。意志は示すが、大抵は頷くか、首を振るかのどちらかであった。決して自分の意思を示そうとする人ではなかった。唯々諾々と、乳母である自分の言葉に従う、従順な少女であった。お育てしやすい姫様であった。
ところが、だ。目の前の少しふっくらとした、褐色の肌を持つ少女は、目を輝かせてあれこれと離宮の話をとめどなくしゃべり続けている。一体、国王はこの姫に何をしたのか。フウミの頭の中はメチャクチャになりそうになっていた。
あの、閨に行く前に、真っ白な肌に薄衣を着せているときに、恥ずかしそうな顔が思い出される。とても奥ゆかしく、何とも言えぬ美しさがあった。確かに幼くはいらっしゃるが、この様子を見て、ときめかぬ殿方はいないだろうと思わせる趣があった。大帝陛下にお褒めいただけるようなことになるだろうと思った確信が、ガラガラと音を立てて崩れていく心持がしていた。
……姫様を、もう一度、取り戻さねばならない。私がお育て申したあの姫様を、もう一度、取り戻さねばならない。
フウミはタウマ姫の話を聞きながら、心の中でそう呟いていた。




