朝食会議
ロウロは未だにこの光景に慣れることはできなかった。今日で二度目のことだが、それでも初めて見たときの衝撃が襲ってきていた。
王太子・シェンは、朝食と夕食を近習と共に食べる。しかもそれは皆が喋りながら食べるために、それなりに騒々しいものであった。これまでほとんど一人で食事を摂ってきた彼女にとっては、まさに信じられない光景であった。
一言でいえば、彼らの会話はあけすけであると言えた。さすがに房室のことを詳細に語るなどはしないが、それでも、昨夜のタウマ姫とのやり取りなどを開けっぴろげに話すのだ。そうした手の話題はあまり好みではないが、どうしても耳を傾けてしまう。
彼は何の邪念もなく、ただひたすらに、タウマ姫の体調を心配していた。
・寝所の彼女は下着を付けていないであろうこと。
・夏はいいかもしれないが、冬になると風邪をひいてしまうこと。
・その対策として、あらかじめ寝室に彼女用の下着とパジャマを準備しておいて、フウミが来る前に着替えればよいのではないか。
そんなことが食卓で話し合われていたのだ。エルドライ出身の自分がいる前で、だ。
彼らは、自分がこの会話をフウミに伝えることなど微塵も考えていないように見えた。そんなことはない。これでも部屋に帰れば、アクレという侍女が控えているのだ。彼女は元々自分の部下であった斥候だ。それなりの腕も持っている。その彼女に今日の会話を伝えたならば、フウミのことだ、早々に手を打つことだろう。
ただ、不思議なくらいに、そのフウミに情報を伝えようという気持ちにはなれない自分がいた。彼女は、食卓に並べられた食事を摂りながら、ただ、黙って彼らの話に耳を傾けていた。
「ところで、ロウロ」
不意に話しかけられたので、居住まいを正す。シェンはその必要はない、食べろ食べろと言って笑顔を見せる。
「姫がもっていた粉薬がこれだ。そんなに効くのか?」
彼は懐から紙包みを取り出し、シェイスに渡した。彼は無表情のままそれをロウロの許に持ってきた。
「確かに、これはカリオドクの粉でございます。大帝様がお好みの強壮薬です」
ロウロはそう言って頭を下げる。
「エルドライ大帝は、この強壮薬を愛飲し、齢七十を超えた今でも、昼となく夜となく愛妾を愛撫していると聞きます。そのため、現在もお子が生まれておるとか……。確か、現在最も執心されているのは、確か、コイヒスという女性で、齢十六歳と聞いております」
「七十を超えて? 十六歳の女性と? すげぇな」
そう言って彼は驚いた表情を浮かべる。隣に控えているフィリアは恥ずかしそうな笑みを浮かべている。そんな様子を見守りながら、シェイスがさらに言葉を続ける。
「カリオドクの粉は、強壮剤として高価なものです。察するところ、殿下にこの薬を服用させて、何としてもタウマ姫に手を付けさせようという魂胆なのです。不埒な」
シェイスは何とも言えぬ表情を浮かべた。それは傍にいたロウロを警戒してのことだが、それは、ある程度の情報が洩れてもよいという考えがあっての会話であることは、ロウロ自身も百も承知をしていた。
「俺は、タウマ姫に手を付けることはないだろう」
シェンはきっぱりとそう言った。全員の視線が彼に集まる。
「何だろうな……。まだ、子供だからか。何となく、妻というより妹のような感覚がするんだ。そうだな……。メイルとはまた違った感じだ」
「どういう意味?」
「いや、いい意味で言っているんだ。お前は子供のころからなんでも器用にできたが、タウマ姫は、何だか危なっかしいんだ。何となく、助けてやりたいと思わせるものがあるんだ」
「まあ、私はまだ、会ったことはないけれど……。あまり体が丈夫でないなら、外に出て体を動かしたほうがいいね」
シェンの育ての父、ジサが誰に言うともなく呟く。昨日は彼こそがあの、剣聖ジサであると知って、ロウロは腰を抜かしそうなほどに驚いたのだ。一見すると小柄な好々爺に見える。ただ、その身のこなしに一切の隙はなく、それを自然とやっている様に、相当の腕利きであると認識はしていたが、まさかそれほどの人であるとは思わなかった。
実のところ、ロウロもジサの意見に賛成だった。できれば、太陽の光を浴びて、外で遊ぶ、というだけでも、姫様の体によい影響を与えると考えていた。
「ただなぁ。後宮にいるから、なかなかそこから出て遊びに行くというのは難しいな。それに、姫にはあの、フウミがピタリとついている。そのフウミを姫を切り離さないと、難しいだろうな」
シェンは、腕を組みながら天を仰いだ。妙な沈黙が訪れる。そのとき、フィリアがスッと顔を上げた。
「要は、後宮から姫様を出せばよいのですね? フウミさんと一緒ではなく、姫様だけを後宮の外に出す……。であれば、可能かと思います」
全員の視線が、フィリアに注がれた……。




