お腹……いっぱい
その夜、シェンは後宮に入った。それまではベッドに入って姫を待ったが、この日の彼はベッドの傍に設えられてある椅子に座って彼女を待った。しばらくすると、扉がノックされてタウマ姫が現れた。いつもの通り、傍にはフウミが付き従っている。
「おお、姫。約束通り来ましたよ」
シェンはそう言って笑顔を見せる。姫はペコリとお辞儀をする。フウミに促されて彼の許にしずしずと歩いて来る。
「ああ、フウミ。大義である。あとは余に任せてくれ」
突然シェンが口を開いた。フウミはキョトンとした表情を浮かべたが、やがて下卑た笑みを浮かべると恭しく一礼しながら、
「殿下にあらせられましては……」
「あ、よいよい。大義であった。そなたももう、休め休め」
言葉を遮られて、虚を突かれたような表情を浮かべたが、やがて一礼すると彼女は部屋を出て行った。
「さあ、姫。約束通り、お土産を持ってきました」
彼はそう言ってタウマを手招きすると、彼女は唯々諾々として彼の目の前の椅子に座った。前回とは打って変わって、表情が少し明るい。シェンはそれを見て少し安心した。
相変わらず白い衣装を着こんでいる。パジャマというには少し大仰な服だ。貫頭衣のような恰好でシンプルだが、それは膝の上あたりで終わっている。細い紐が胸元で結ばれているが、何やらこれに仕掛けがありそうだなと思いながら姫の顔を見る。
彼女はじっとシェンを見つめている。その彼女に向かって彼は、テールの上に置かれている箱を開けた。
「……?」
中には白い粘土のようなものが入っていた。そのすぐ横には黄金色の瓶が添えられてあった。どうやらタウマはこれが何かがわからずにいるらしい。そんな彼女にシェンは、笑顔で声をかける。
「これは餅です。姫のために温めてきました。触ってごらんなさい」
そう言って彼は箱をタウマの前に差し出す。彼女はおずおずとした様子でそれを触る。小さな声で、あたたかい、と呟く。
「これにね、このはちみつをかけて食べると、とても美味しいのです。俺の大好きなお菓子です。一緒に食べましょう」
「ん……」
タウマが胸をまさぐる。中から同じように瓶に詰められた何かが現れた。
「フウミが……」
「フウミが?」
「……これを」
「ああ、これをかけて食べろと言ったのかな?」
シェンの言葉にタウマはゆっくりと頷く。ははぁ、これだな、と彼は心の中で呟く。
乳母・フウミが何やら怪しげな薬を姫に持たせるという情報はロウロを通じて聞いていた。彼はその便を手に取ると、タウマに笑顔で話しかける。
「では、まずこのまま食べて、姫が気に入ったらこれを入れましょう。ほら、口に合わない場合もあります。だったら、これを入れてしまっては、無駄になるというものです」
彼の言葉に、タウマは少し戸惑った表情を浮かべたが、やがてコクリと頷いた。それを見たシェンは、餅の上にはちみつをかけていく。そうしておいて、あらかじめ用意しておいた木でできたフォークとナイフを取り出して、それを切り分けていく。タウマには、同じ材質でできたフォークを渡しておく。
「じゃあ、俺から食べます。毒見役ですね」
そう言って彼は餅を一口食べた。目がギュッと閉じられる。
「美味……っしい! やっぱり美味しいわぁ。餅自体も美味しいけれど、はちみつをかけるとその美味しさが倍増しますね。これは、本当に美味しい」
彼はそう言って何度も頷く。
「ささ、姫、一口どうぞ。温かいうちに食べてみてください」
彼女は勧められるままに餅をフォークで突き刺して、それをゆっくりと口元に持って行った。
「……」
餅を口に含んで、ゆっくりと咀嚼する。モグモグモグと口元が動いているが、反応はない。ああ、口に合わなければ、そのまま吐き出しちゃってくださいと言おうとしたそのとき、彼女の目がゆっくりと開かれた。
「……おいしい」
予想もしていなかった味だったのだろう。目が見開かれている。その様子をシェンは嬉しそうに眺めている。
「気に入りましたか。いや、よかった。マズイのでいいですと言われたらどうしようかと思っていました。ささ、どうぞ。好きなだけ食べてください」
タウマは無言のまま次々と餅を口に含んでは咀嚼し、含んでは咀嚼しを繰り返している。食べるのは遅いが、見る間に餅は減っていく。
「あ……」
彼女が気づいたときには、餅は大半が無くなっていた。申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女に、シェンは全部食べてくださいと促す。タウマは申し訳なさそうに、それらを完食した。
「ふぅ……」
「ご満足いただけましたか?」
彼の言葉に、タウマはゆっくりと頷く。
「お腹……いっぱい……」
「でしょうね」
そう言ってシェンはフフフと笑う。
「これはね、私の育ての親が作ったものでしてね。子供の頃、よく食べたもので、私も大好きな菓子です。とても滋養強壮によくて、体が強くなります。特に餅が美味しいですよね。姫が気に入ったのなら、また次も持ってきます。これを食べ続けると……姫?」
見るとタウマが口に手を当てながら、大きなあくびをしている。その様子を見て彼は、このまま寝ましょうと言って、彼女にベッドに行くように促した……。




