閨に召されたという事実
フウミは自室でロウロから報告を聞いていた。表情に変化はない。見方によっては、退屈しているかのようにも見える。
「……それで?」
抑揚のない言葉だった。ロウロは報告を続ける。
「……姫様に直接お持ちをするとの仰せでございました」
彼女の言っているのは、王太子が言っている、餅菓子のことであった。彼はそれを姫との閨の際に直接持ってくると言ったのである。
「そのようなもの……。下衆・下民が口にするようなものじゃ。姫様のお口に差し上げるわけにはまいらぬ。姫様には決してお召し上がりにならぬように、きつく申し上げておかねばな」
フウミはそう言って大きなため息をつく。そうしておいて彼女は、
「で、首尾はどうであったのじゃ」
と聞いてきた。目の奥がキラリと光っている。
「なにも、ございませんでした」
「ふぅん」
さもつまらないと言った表情を浮かべている。口先がとんがっている。ロウロはその顔を正直に醜いと思った。
「あの殿下には性欲というものはないのかぇ?」
「あるには、あるようでございます」
「ほう、詳しく」
「王太子付きの妃に、フィリアという下級貴族の娘がおります。殿下はその者に執心しております」
「どのような娘じゃ」
「見るからに健康そうな女性でございます」
「直接見たのか」
「拝見しました」
「ふぅん」
ロウロは朝食時にフィリアを紹介されていた。彼女の目には気品と聡明さを備えた女性に見え、なるほど、王太子が心を奪われるのも納得する女性であった。だが彼女はそうしたことをフウミに伝えなかった。伝える必要もないと判断したのである。
「閨は見たのかぇ?」
……バカか、と心の中で呟く。昨日の今日でそのようなものを見られるわけはないだろう。それでなくともこちらは、王太子の妹と一緒の部屋に居て、窮屈な一夜を過ごしていたのだ。この乳母は男女の営みに異常なほどの興味を示す。エルドライにいても、男にさっぱり相手にされなかったことが、このように性格を、性癖を捻じ曲げてしまったのか。ロウロは嫌悪感を覚えながらも、この女性に対して憐みの感情を覚えていた。
「それは未だ……」
「まあ、昨日の今日じゃ。それは難しかろうな。ただ、ロウロ、そなたもそれなりの美貌を備えており、健康そうであるが、そなたには、目が向かなんだか」
「……申し訳ございません」
「まあ、よい。そなたも、苦労じゃのう。身を清め、衣服も整えて殿下の許に侍ったにもかかわらず、手が付かなんだ、というのは。何のためにそなたをお側に召したものやら」
「ただ、姫様に、餅菓子をお持ちしたいとフウミさまにお伝えしたかっただけと愚考します」
「妾に? それだけのためにそなたを召した、というのかや? ホホホホホ。何と手の込んだことをなさる。面白いお方じゃなぁ、あの殿下というお方は」
「……」
「ただ、まあ」
フウミはそこまで言うと言葉を切り、スッとロウロに視線を向けた。相変わらず冷たい笑みだ、目の奥が全く笑っていない。
「よくも悪くも、そなたは殿下の伽を命じられたのじゃ。手は付かなんだが、殿下の閨に侍ったという事実はかわらぬ。本日よりそなたは、お妃さまじゃなぁ。この妾も言葉遣いには気を付けぬとならぬな」
「いいえ、私は……」
「何じゃ、妃になるのはイヤ、といいやるか?」
「私はそのような者ではございません」
「何としても、そなたには、妃となってもらわねばならぬ。あの殿下がイヤと言おうが何と言おうが、古来より寝所に召された女性はすべからく妃となっておる。まさかそれを知らぬ殿下ではあるまい。そなたは妃となり、殿下の伽を勤めながら、ブライアルの情報を流し、我がエルドライの意向を殿下にお伝えするのじゃ」
「……恐れ入ります。そうなりますと、姫様のお立場が」
「それは、そなたが心配することではない」
「恐れ入ります。ただ、そうなりますと、私とフウミさまとの間で連絡が取りづらくなるかと存じます」
「ほほう、そなた、そこまで気が回りやるか。心配はいらぬ。我が手のものをそなたの側に差し向けよう。その者を使って、妾と連絡を取るのじゃ。まあ、ロースマイとか言う老女がとやこう言うて来ようが、妾が言うておるのじゃ。いなやはなかろう」
フウミはそう言ってホホホと笑う。だが、すぐに元の表情に戻ると、何かを考える様子を見せた。
「ただ、のう……。このまま姫様にお手が付かず、お情けを頂戴できぬとなれば、今後も差しさわりがあろう。……いっそのこと、そのフィリアという妃を亡き者にしてしまう方がよいかのぅ」
「それは、危険であろうかと」
「危険」
「はい。現在、殿下のお心はフィリアさまに向いておられます。ここでフィリアさまの命を奪えば、その憎しみは我らに向くことになり、姫様のお立場にも傷がつくかと存じます」
「ふぅむ」
フウミは手のひらを額に当てて何かを考えている。ややあってふと、顔を上げると、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「そうじゃ。この妾としたことが。忘れておったわ。よい方法が、あるぞえ」




