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はじまりの朝

ロウロは結局朝までほとんど眠ることができなかった。一方で隣で寝ているメイルはぐっすりと眠っていた。


自分を殺そうとした相手が隣にいるのだ。にもかかわらずこの女性は全く警戒していない。それどころか、襲撃などあるはずもないとばかりに、すぐに寝入ってしまった。彼女は最初、自分を油断させようとしているのか、冗談でそんなことをしているのかと思ったが、メイルは本当に寝入ってしまっていた。


殺そうと思えば殺すことはできたはずだ。武器の類は持っていなくとも、体の上に馬乗りになり、手で首を絞めれば殺すことは容易だ。ましてや、眠っている相手だ。あの世に送るのに数秒とはかからないだろう。だが、それをしたところで現在の状況が好転するわけではないし、むしろ、状況は悪くなることだろう。となれば、もう腹をくくって二重斥候をやり切るしかない。そう頭の中ではわかっていても、目をつぶればいろいろな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えして、気が付けば外は明るくなっていた。


「うう~ん」


突然、メイルの呻き声が聞こえてきて目が覚める。見ると彼女はむくりと起き上がると、そのままの姿勢で背伸びをした。そしてロウロを見ると、眠そうな声で、


「おはよう、眠れた?」


と聞いてきた。眠れるわけはない、と心の中で呟いたが、当のメイルは大きなあくびをしていた。


「一応、今の立場はお兄ちゃん付きのメイドなんだよね。だからこの支給されたメイド服を着なきゃならないんだけれども……。ああ、しまった。ロウロさんの服がないよね……。パジャマのままでいるってわけには……。私のメイド服でよければ貸すけれど、着る?」


ロウロはどうこたえていいのかがわからずに戸惑う。その様子を見たメイルは大きく頷く。


「ま、朝食はそれでいいか。皆で集まったときにシェイスお兄様もくることでしょう。そのときに、服を持ってきてもらおう」


そう言うとメイルはベッドから降りていそいそと隣の部屋に向かう。そのとき、壁からピョコンと顔だけ出して、


「ここがバスルーム。その隣がお手洗いだから、自由に使って」


そう言うと彼女はパタパタと足を鳴らしていってしまった。どうやらそこで顔を洗うようだ。


すぐに彼女は出てきた。何の恥じらいもなく服を脱いで、メイド服に着替える。さて、と声を出すと、出口に向かって歩き出したかと思うと、ピタリと動きを止めてロウロを見た。


「私、これから朝食の準備をするけれど、どうする? 寝たいならこのまま寝ててもらって構わないけれど。準備ができたら呼びに来るけれど、それでいい?」


さすがのロウロも他人の部屋で長居ができるほど図太い神経は持ち合わせていない。彼女は毛布を肩から羽織ると立ち上がった。その意を察したメイルはニコリと笑みを浮かべる。


「部屋はすぐ隣だから。付いてきて」


そう言って彼女は外に出た。


まさしくメイルの言う通り、廊下を隔てた向かいの部屋に入ると、大きなテーブルが置かれ、そこに椅子が並べられてあった。台所にしては豪華だなと思っていたら、メイルが隣の部屋に入っていく。何だと思ってみて見ると、そこには大きな竈が据えられていて、彼女はそこに火を起こして、薪を放り込んでいた。


「失礼します」


女性の声が聞こえた。そこには二人のメイドが入室してきて、豪華な朝食をキャスターに乗せて運んできていた。メイルはその女性たちに向かって、


「ありがとうございます。いつものようにそこに置いておいてください」


と声をかける。メイドたちは無言のまま一礼して部屋を出ていく。


「ウチはねぇ、皆で朝食を食べるのよ。ただ、お城の料理は毒見だなんだで全部さめた料理しかないんだよね。仕方がないから、私がここで料理を温めなおすのよ。冷えた料理よりも、温かい料理の方が、断然美味しいものね」


メイルはそう言ってウインクをした。


しばらくするとドヤドヤと人々が入室してきた。やって来たのは一組の老夫婦だった。ロウロはその男の顔に記憶があった。自分の頬に剣を当てていたその人だった。男はロウロを見ると一瞬驚いた表情を浮かべたが、やがて普通の表情に戻ると一言、おはよう、と言った。


まるでそれが自然であるかのように、夫婦は淡々と食卓に着いた。その直後、また別の扉が開かれて、王太子と気品漂う女性が入ってきた。王太子は老夫婦の許に行くと、


「おはようございます」


といって頭を下げる。老人は、シェンさん、おはようと返事をする。さらに後ろに控えていた女性もまた、お父さまお母さま、おはようございますと言ってあいさつをし、老人は機嫌のよさそう顔で、ああ、おはようと返事を返している。


ロウロはさらに混乱した。王太子ともあろうものが老人に頭を下げている。王太子、しかも、もうすぐ国王に就任する男に頭を下げさせるこの老人は何者だろうか。確か、先王も、その父親も崩御したと聞いている。とすると、この男は何なのか。考えれば考えるほどに、彼女の頭は混乱した。


「お待たせ―できたよー」


メイルの声と共に、食卓に料理が並べられた。それはとてもおいしそうなものに見えた……。

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