驚愕の命令
フウミは驚愕した。まさかロウロが王太子から閨の伽を命じられるとは思ってもみなかったからだ。
彼女の頭は混乱した。暗殺の任を担わせた者が、どうして王太子の閨に侍らねばならないのか。そもそもロウロと王太子との間に接点などなかったはずだ。
暗殺計画がバレたのでは、という懸念が持ち上がる。確かに暗殺計画は失敗に終わったたとみていいだろう。ただ、そうであれば、敵の手にかかって捕らえられたか、ロウロ自身が自ら命を絶った、といった報告があってしかるべきだ。にもかかわらず、どうして王太子の寝所に召されるのか。
彼女の頭の中では、何をどう考えても暗殺と閨の伽との関係がつながらなかった。
閨を命じられたのであれば、早くロウロに準備をさせねば、などととぼけたことを言ってくる女官を一喝して、フウミはなおも考えをめぐらせる。当のロウロはまだ帰参していない。相手方に捕らわれたのか。いや、ロウロに限ってそれはないはずだ。もし、そうした状況に陥れば、自ら命を絶つくらいの覚悟はあるはずだ。
目の前では女官が不安そうな面持ちでこちらを見ている。一瞬、ロウロは風邪を召しているので、夜伽に伺うのは無理だと言おうとしたが、それはそれで論理的に無理がある。フウミは眉間にしわを寄せながら、ゆっくりと深呼吸する。
「ところで、ロウロは、どうしたのじゃ」
フウミはやっとのことで言葉を絞り出すが、侍女たちは顔を見合わせている。それはそうだ。ロウロはいま、行方知れずなのだ。それを知って伽に召すなどとふざけたことを言ってきているのだ。フウミの腹の中に猛烈な怒りが込み上げてきた。
「無視せよ! そんなバカな話は、放っておくのじゃ!」
彼女はそう言って自室に戻っていった。残された侍女たちは戸惑いの表情を浮かべながら、互いの顔を見合わせた。
◆ ◆ ◆
そのロウロが後宮に戻ってきたのは、それからしばらくしてのことだった。彼女は無傷ではあったが、その顔は歪み切っていて、悔しさがにじみ出ていた。フウミは彼女の口から、暗殺が失敗に終わったこと、さらには、それを食い止めたのがあのメイドと王太子であったことを知って、二度驚愕した。
「我らの計画が、漏れておったということか」
「おそらくは。奴らは私の襲撃を予見しておりました。むしろ奴らは、私を襲ってくるように仕向けた節があります。私が攻撃を加えたとき、あのメイドのほかに王太子他、数名が控えていました。完全にわれらの手の内は読まれていたと考えてよいかと存じます」
「私がわからぬのは、なぜ、そなたが王太子の閨の伽に呼ばれたのか、じゃ」
「それは……私にもわかりません。王太子は私に自決防止用に餅を口に含ませました。しかもその餅は姫様に差し上げたいと思っている餅であると……」
「餅? 姫様に?」
思い出した。確かあの、ロースマイが持ってよこした書状に書かれてあった。滋養強壮となる餅を使った菓子云々と書かれてあった。フウミの顔が歪む。
「その上で、私に対しては死ぬのなら勝手に死ねばよいが、廊下では血で汚れる。やるのであれば、フウミ様の前でやれと仰せでした」
「……どこまで我らを謀るのじゃ」
「私はもう、死んだも同然でございます」
「何と言いやるか」
「私が帝国の斥候であることを王太子に知られてしまいました。顔が割れてしまった以上、私はお役目を果たすことはできません。このまま逐電し、どこへなりと参りまして、野垂れ死にしとうございます」
ロウロの目に涙が溜まっていた。フウミは大きなため息をつくと、目を閉じて何かを考え始めた。だが、ロウロは止まらなかった。
「この上は、ここに私が居りましては、皆様の迷惑となります。すぐに荷物をまとめて……」
「ああいや、待ちゃ。待ちゃいと申すに、ロウロ」
「……はっ」
「そなた、王太子の伽に侍りゃいのう」
「何と言われます」
ロウロは目を丸くして驚く。まさか猫なで声で王太子に抱かれて来いと言われるとは思わなかった。ショックと怒りで、彼女の顔から色が消えていた。
「いや、それはそなたを守るためじゃ」
「……どういうことでございましょう」
「妾は、そなたを失いたくはない」
「……」
「さりとて、帝国には帰るに帰れぬ。それは妾とて同じじゃ」
「では、どうせよと」
「推薦状を書く」
「推薦状?」
「そなたを斥候として雇えという推薦状じゃ。それを持って、王太子の傍に侍りゃいのう。そのうえで、ヤツの情報を我らに知らせるのじゃ」
「つ……つまり、二重の斥候になれ、と」
フウミは無言のまま頷く。ロウロは無意識のうちに体を震わせていた。そんな彼女にフウミはさらに言葉を続ける。
「まずは、準備をして来や。何というをや。王太子の閨への準備じゃ。ゆめゆめ殺そうなどとは思ってはならぬぞえ。風呂に入って丁寧に清めて来やいのう。その間に、妾は推薦状を書いておく。誰ぞ、ロウロに閨の準備を。丁寧に化粧を施してやりゃいのう」
ロウロは心から戦慄した。そんな彼女を侍女たちがまるで引きずるようにして部屋から連れて行った……。




