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暗殺計画

大上妃の部屋を訪れると、王太子・シェンが今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。その彼の胸には大上妃が顔をうずめて泣いていた。


「これはどうしたことです」


彼女が話しかけると、シェンがどうにかしろという表情を浮かべる。


「陛下……大上妃陛下。国王陛下が困っていらっしゃいます。まずは、お座りくださいませ」


彼女は恭しく頭を下げながら、さも申し訳なさそうに肩を叩いた。ようやく大上妃は体を離して椅子に腰かける。


「陛下が……陛下が……妾の許にお渡りくださらなんだ……」


「左様なことはございませんでしょう。いま、陛下はこうしてお見えになっているではありませんか」


「ううう……お前様ぁ」


大上妃はそう言って手を差し出す。ロースマイは小声で、手を握って差し上げてくださいませと言って、シェンに手を握らせる。すると、大上妃は満足したような表情を浮かべながら目を閉じた。


「お前様ぁ……妾を、愛しておるかや?」


シェンが困った表情を浮かべる。ロースマイは小声で、愛していると言ってくださいと呟く。


「あ、愛している」


「そうかそうかそうか。妾も、愛しておりますぞえ。……そういえばお前様。もうすぐ秋の収穫祭じゃ。お前様が出陣なされたときに、妾が餅を拵えて陣中にお届けしたことがございました……。あれは、どこじゃったかの」


……覚えておる。マルツエじゃ。


「覚えておる。マルツエじゃ」


「そうじゃそうじゃ、マルツエマルツエ。お前様に怒られました。何と言われたか……」


……そなたが恋しくなって


「そなたが恋しくなって」


……帰りたくなるであろうが……オホン。


「帰りたくなるであろうが……オホン」


……殿下、そこは違います。


「殿下そこはちがいます……あれ?」


気づけばロースマイがシェンの袖を引っ張りながら首を振っていた。見ると、大上妃は気持ちよさそうな表情を浮かべながらスヤスヤと寝息を立てていた。彼女はメイドたちに命じて大上妃を椅子に座らせたままそれを持ち上げさせて、ベッドルームに運び込ませた。


「……早く来てくださいよ。死ぬかと思ったじゃないですか」


「申し訳ございません。いろいろと立て込んでおりました」


「……で、妹の方は?」


「斥候を見つけたようでございます」


「そうか。さすがだな」


「ただ、物騒なことを申しておりました。今宵の襲撃に備える、と」


「そうですか。いま、メイルはどこに?」


「おそらく部屋に帰ったものと思われます」


「では、俺も帰りましょう。作戦会議、かな」


「……」


一瞬だが、王太子殿下の目がキラリと光ったような気がした。


◆ ◆ ◆


同じころ、フウミの部屋では、メイドの一人が深々と頭を下げていた。ロウロと名乗る彼女は、エルドライ帝国から派遣された斥候隊の長を務めていた。


「……どうしても今宵、襲撃を決行すると言うのですか?」


フウミは一切表情を変えないが、その声は少しだけ震えていた。ロウロはスッと体を起こして毅然とした態度を見せる。


「はい。先ほどのメイドは相当の手練れです。私の間合いに一瞬で入り込みました……。ブライアルがあれだけの者を後宮に遣わしたということは、我々の意図に感づいたと見てよろしいでしょう。そうした不穏分子は、早めに排除することが肝要かと存じます」


「どうやって、排除するのじゃ?」


「自然死に見せかけます」


「毒を……盛るのか?」


「それですと、我々は疑われることになります。あくまで、自然に死んだように見せかけねばなりません。なに、簡単なことでございます。急所を突いて、その後、階段などから落とせばよろしいのです。聞けば、あのメイドの部屋は後宮の外にあるとのこと。今が好機であろうと存じます」


「わかった。うまくやりゃいの」


「承知しました」


そう言ってロウロは頭を下げた。


◆ ◆ ◆


深夜。密かにロウロは一人で後宮を出た。むろん、出口から出たのではない。自室の窓から外に出て、壁伝いに屋根に上がり、そこからメイルの部屋に向かった。


それは、驚くべき身体能力だった。並の女性ではすぐに落下してしまうほどの距離を、まるで無人の野を行くがごとき動きで、易々と壁を上ったのだ。彼女はこの後宮にやってきてから、いざというときの脱出ルートを確保するために、毎夜、この城の探索を続けていたのだった。それが今、別の意味で役に立とうとしていた。


あのメイドの居場所は何となくではあるが把握している。彼女の身に着けていた衣装には特別な香りが付けられてあり、その香りを彼女は正確に嗅ぎ取るアイテムを装備していた。これはエルドライの斥候がよく使う手であり、相手に香りをつけて尾行するなどしていたのだった。


おそらく、あのメイドは自分の実力を試そうとしたのだろう。通常であれば下腹部に触れられたならば大抵の女性はそれを躱すか、さもなければ驚きで声が出ない。しかし自分は、気づかぬうちに間合いに入られたため、思わず声を出してしまった。相手の策にまんまと引っかかってしまった。だが、こちらの方が一枚上手だ。まさかスカートに香りが付けられてあるとは思いもよらないだろう。


きっと、相手は今頃深い眠りについていることだろう。その間に、目覚めぬようにしてしまわねばならない。ロウロは漆黒の闇の中、その香りのある部屋に向かった……。

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