メイルの斥候探し
部屋を出たロースマイはそのまま廊下を歩いて行くが、メイルは振り返ってフウミらに深々と一礼する。その状態のまま扉が閉まった。姿勢を整えると、少し離れたところにロースマイがこちらを振り返った状態で立っていた。一体何をしているのだと言わんばかりの表情だ。
扉の前に控えていた侍女が足早に歩いてロースマイの傍まで行き、一礼する。そうして彼女が先頭に立って、この部屋までやって来た時と同じように二人を案内していく。すぐ後ろから、二人の侍女も付いてきていた。
きっとロースマイさんの腸は煮えくり返っているに違いない、とメイルは心の中で呟く。後宮総取締役として、この後宮に関しては表も裏も全部心得ている人だ。その彼女にわざわざ案内を付ける必要などまるでない。それを敢えてやっているということは、それだけこの女性を警戒している証なのだろう。エルドライは、何か隠さねばならないこと、知られてはならぬことを抱えていると見てよかった。
メイルは廊下を歩きながら、気配を探る。殺気らしいものはない。後ろから付いてきている侍女二人はそれぞれそれなりの腕を持っているが、倒して倒せないことはない。一言でいえば、まあまあの腕だ。ただ、前を歩いているこの侍女は油断がならない。自分よりも上の実力を持っている。一瞬でも気を抜いたら、胴と首は離れることになるだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、分かれ道で侍女が止まった。そうだ、ここだ。ここで三人の侍女が待っていて、ご案内しますと言って姫の部屋に通されたのだ。どうやら見送りはここまでのようだ。
「それでは、私たちはここで、失礼します」
侍女の一人が道を開け、恭しく頭を下げる。その隣に後ろから付いてきた二人も並んで同じように頭を下げる。ロースマイは何も答えず、彼女らを一顧だにせずにそのまま通り過ぎていく。メイルもその後ろをついていく。と、
「何をするのですっ!」
突然女性の金切り声が響き渡った。ロースマイは驚いて後ろを振り返る。そこには目を吊り上げて怒りを露わにする侍女と、その前でペコペコと頭を下げるメイルの姿があった。
「どうしたのです」
ロースマイが問いかけると、
「このメイドが、私の下腹部を触ったのです! 何をするのです! 汚らわしいっ!」
「ご無礼を。虫のようなものが付いていましたので、取って差し上げようと……」
「虫? 何を言っているのですっ! ブライアルはどのような教育をしているのですか! この件はしかるべきルートで抗議をいたします。この者は二度と後宮に入れないでくださいませっ!」
「……この者を後宮に入れるか入れないかは、私が判断します。あなた方に、その権限はありません」
ロースマイは毅然とそう言い切った。三人の侍女は憤怒の表情を浮かべている。その彼女らに向かって、
「後宮で大きな声を出すことは禁じられています。それとも、エルドライの後宮は侍女ごときが大きな声を出してもよい、というしきたりでもあるのですか? お行儀の悪いことですね」
ロースマイはそう言って踵を返して、廊下を歩いて行く。メイルもペコリと頭を下げてその後ろをついていく。その背中に、強い殺意が向けられていることを、彼女は感じていた。
◆ ◆ ◆
「これでよろしゅうございますか」
ロースマイは自室にメイルを通すと、そう言って椅子に腰かけた。メイルはにこりと笑う。
「はい。十分でございました。感謝申し上げます」
「あれだけで、エルドライの斥候が見抜けましたか」
「はい。予想した通り、腕利きの斥候が五人。そのうちの一人は飛び切りの腕を持っています。私では、勝てるかどうか……」
「……」
「ただ、安心してください。あの者たちはロースマイさんを狙うことはないでしょう。あなたが死んでしまえば、兄どころか、このブライアル王国全体を敵に回すことになりますから」
「私にそのような価値は……」
「ございます」
「……」
「あなた様は、この後宮の表も裏もご存じのお方。先王さま、大上王様のこともつぶさにご存じのお方。言わば、このブライアル王国の裏をご存じの生き字引き。エルドライもその価値をよく知っているでしょう。もし、エルドライがこのブライアルを併呑しようとしたとき、もっとも役に立つのがあなた様ですから。あなた様は、この国がひっくり返るような事実をご存じなのでしょう。エルドライは、あなた様を不安に陥れ、心を乱すことによって、そのお心を支配しようとしているのでしょう。いざ、というときのために」
「……私なぞ」
「そうかも、しれません。あくまで私の想像です。お気に触ったら、申し訳ありません」
メイルはそう言って力なく笑う。ロースマイも冷たい笑みを浮かべている。二人の間に、何とも言えぬ空気が流れた。
「ただ、私はあなた様の味方です。私は、あなた様が、好きになりました」
「……そうですか。そろそろ、殿下をお迎えに上がらねばなりません。参りましょうか」
そう言ってロースマイは立ち上がる。その様子を見て、メイルが口を開いた。
「私は、部屋に戻って準備をいたします」
「準備?」
「はい。今宵の襲撃に備えます」




