後宮総取締役ロースマイ VS 乳母フウミ
……イヤな女だ。
フウミという女性を最初に見たときの正直な感想がそれだった。メイルは心の中でため息をついた。
完全にこちらを見下している。私たちは大国、エルドライの者であって、貴様たちブライアル王国の者たちと一緒にされては困る、という意思が透けて見える。実家の権威をかさに着たふてぶてしい態度だ。ただ、こうした態度を取ることができるのは、何か明確な自信があるのだ。それは言うまでもなく、優秀な武芸に通じた者たちが控えているからだ。いざとなれば、その者たちに命じてお前らの命などすぐに奪えるのだという考えが根底にあるのだろう。
メイルは、この部屋に来る前にロースマイからレクチャーされた姿勢を取り続けていた。決して顔を上げてはならず、両手を腹の前で合わせて下を向いていなければならない。だが、元々器用なこの娘は、チラチラと上目遣いで周囲を眺めては、タウマ姫の傍に控えている者たちの実力を測っていた。
……やっぱり、この中に斥候はいない。
彼女は部屋に入ってわずか数十秒のうちにそう断じた。腕利きの斥候たちは、この部屋の外で控えているメイドたちがそれであった。その中でも、最も腕の立つのが、自分たちをこの部屋に案内した女性だった。
一見すると最も身分の低い女性であるように見えたが、その歩き方、姿勢の取り方で、メイルはこの女性が最も腕のあるものであると断じていた。その動きは一切の無駄がなく洗練されていて、相当のマナーを身に着けていると思われたが、足運びがすり足でかつ、体の重心がきちんと真ん中に置かれている。こんな歩き方ができるのは、相当の剣の修行を積んだ者でなければ成しえないことであった。
その女性は今、扉の向こうで気配を消した状態で待機している。きっと命令が下ったならば扉を開けて、目にも止まらぬ速さで近づいてきて私たちを刺し殺すのだろう。もしくは、部屋の外に出た瞬間に致命傷を負わせるだろう。彼女は今、その命令を静かに待っているところなのだ。
対してメイルは、できるだけいつもと変わらぬ歩き方を心掛けた。それは、襲われたら即座に致命傷を負うリスクの高い振る舞いだったが、敢えて彼女はそれをしていた。ここら辺を見ても、メイルとエルドライの斥候たちの覚悟の違いが見て取れた。
自分の命を危機にさらさねば腕の立つ斥候の油断を誘えないことをメイルは知っていた。そのために、敢えて自身を危険な状況に追い込んでいたのである。
その彼女の目の前には、兄・シェンが書きしたためた、タウマ姫あての書状が置かれている。フウミはその書状を無造作に取り上げると、何のためらいもなく封を切った。
「お待ちください」
思わずロースマイが口をはさむ。フウミの手が止まる。何を言っているのだと言わんばかりの表情だ。
「その書状は殿下が直筆でタウマ姫様にしたためられたもの。それをご本人ではない者が見るのは無礼でありましょう」
「大事無い」
「は?」
「私は姫様の乳母です。赤子のころから姫様をお育て申し上げて参りました。姫様にまつわるものは必ず私の目を通してからお差し上げることになっております。それが、エルドライのしきたりでございます」
「ここは、ブライアル王国でございます」
「……」
ロースマイとフウミの間に何とも言えぬ緊張が走った。二人の会話を聞いているのだろう。扉の向こうに二つの弱い殺気が出ているのをメイルは感じ取っていた。
「……」
ロースマイのことなど知ったことではないとばかりに、フウミは淡々と手紙を開封して目を通し始めた。ややあって彼女は手紙を元に戻すと、ホホホと乾いた笑い声をあげた。
「お優しい殿下であらせられますこと」
その声には尊敬の念はなかった。むしろ、侮蔑の念が感じ取れた。
「わざわざ姫様に滋養のあるものをお送りになる、とのこと。そのお心構えだけは褒めて差し上げてもよろしゅうございますわ。ただし、それはご無用であるとお伝えくださいませ」
「殿下の御心を蔑ろになさるおつもりですか」
「蔑ろにはいたしてございません。むしろ、そのお心がけだけは褒めて差し上げております。ただ、姫様の奥地に入るものはすべてこの私が吟味いたします。その私が断じておりますのです。必要ない、と。滋養のある食べ物はいくらでもエルドライから取り寄せることができますので、どうぞご安心くださいませ。それよりも、殿下にお伝えくださいませ。早く姫様に、お情けを頂戴したいと。でなければ私は、エルドライ皇帝陛下、大帝陛下に申し訳が立ちませぬ、と」
「年端もいかぬ女性に、閨の何たるかも知らぬ幼子にそのようなことを強いて、心は痛まぬのですか」
「なに?」
「あ……」
ロースマイが驚いた表情を浮かべる。そこには、後ろに控えているメイド――メイルが彼女の袖を引っ張っていた。ロースマイは何とも言えぬ表情を浮かべながら一礼すると、スッと踵を返した。
「そこの者はよう道理をわきまえておるな。褒めてやるぞえ。ホホホホ」
フウミの声が合図であったかのように、そこにいた女性全員が笑い声をあげた。その声の中、二人は部屋を退出していった。




