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メイル、後宮に潜入する

「ところで殿下、その者は何でございましょうか」


ロースマイがまじめな表情になって口を開いた。何のことだと思っていると、俺の隣からピョコンと一歩前に進み出た者がいた。何とメイルだった。


いつから付いてきたのかまったくわからなかった。しかもすでにメイド服を着こんでいる。いつの間に準備したのだろうか。これでも相当に剣の修練をしたのだ。相手の気配を読むこともそれなりに修練してきている。そんな俺に全く気付かれないということは、これは親父レベルの腕があることになる。頼もしいような恐ろしいような、何とも複雑な気持ちになる。


「お初にお目にかかります。メイルと申します」


彼女はそう言って頭を下げた。ロースマイは相変わらず胡散臭いものを見るような目でメイルを睨みつけている。


「そなたはここで控えていなさい」


「そのことですけれど」


メイルはそう言ってチラリと俺を見た。しかたがない、説明するか。


「あまり大きな声では言えないのですけれどね」


そう言って俺は老婆に顔を近づける。……何だよ、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないかよ。


「……実は彼女は俺の妹なのです。俺と同じ修行をしましたので、相当の手練れです。この妹に、エルドライから送られてきた斥候を調査させたいと思うのです」


ロースマイが目を見開いて驚いている。


「……危険が伴いませんか」


「……きっと、彼女なら大丈夫です」


彼女は小さなため息をつくと、じっとメイルを見た。


「実のところ、エルドライの者たちが怪しい動きをしているのは、私の耳にも入っております。勝手に部屋に入ったり、勝手に後宮から出ようとさえした者もおります。あの者たちの狙いを探ってくれるのは、私どもにとっても渡りに船、でございます」


「まあ、危険な状況になれば、すぐに引き上げますけれども」


メイルはそう言ってウインクをした。


「……あなたはどちらにおいでになるのです?」


「まずは、タウマ姫のお部屋に。お兄ちゃん……王太子殿下に手紙を書いてもらいましたので、届に上がります。そのときに、侍女らを観察して、どの者が斥候であるのかを確認したいと思います」


「……わかりました。それではタウマ姫さまの許には、私が案内しましょう」


「ありがとうございますっ!」


「……あの、ロースマイさん?」


「何でございましょう、殿下」


「……俺は、どうなるのでしょう?」


「大上妃陛下のお部屋はご存じかと思いますが」


「ご存じですけれども」


「では、おひとりでお願い申し上げます。こちらのメイル殿の件が片付きましたら、お迎えに上がります」


「……」


「さ、どうぞ」


俺たちは促されるままに後宮に入った。


通路が左右に分かれているところで、俺は二人と別れた。すぐに別のメイドが現れて、俺に向かって一礼してきた。あ、確かこの人は、俺が後宮で寝るときに着替えなどの世話をしてくれる人だ。そういえば名前を知らないな、とそこまで考えてハッとする。名前を聞くと、夜にベッドに忍んで来るのだったっけ。それはごめんだ。フィリアと二人っきりでいるときに入ってこられるというのは、何があってもイヤだ。


大上王妃とは一度だけ面会したきりだが、ちゃんと道順を覚えていて自分でも驚く。その大上王妃は、前回と同じように椅子にデンと腰かけていたが、目はうつろで焦点が合っていない。どうしたのかと思っていると、俺を案内した侍女が、


「大上妃陛下はこのところ、夢と現を行き来されておいでになります。今は……」


「そう、ですか」


「失礼します」


突然女性の声がする。見ると、この大上妃についている女官が部屋の前で深々と一礼している。あの、キツそうな顔をした女官だ。


「陛下のご命令通り、殿下に餅をお渡しせよとのことでございましたので、ご用意しました」


「ああ、ありがとうございます。……で、お餅は?」


「どうぞ」


女性は一礼すると、スッと扉から離れた。直後に扉が開き、小さな大八車が数人の女官たちと共に入ってきた。そこには大きな木の箱が乗っており、中には突きたての餅が入っていた。……すごい数だ。食えねぇよ。


ただし、餅のいい香りがする。食べてみたくなった。


「ちょっと、食べてみてもいいかな?」


「……どうぞ」


俺の行動を予想していたかのように、女官の一人が皿と木でできたナイフを持ってきた。それで彼女は器用に餅を切り分けて皿に盛り付ける。差し出された餅を一口で食べる。


「……うまいっ」


相変わらずの美味さだ。彼女に皿を差し戻し、お代わりを要求する。女性の目が一瞬鋭くなったが、彼女は淡々と先ほどの作業を繰り返して俺に餅を渡す。


「本……当うに美味しいな! これは、あなた方が突いていらっしゃるのですか? 餅に秘密があるのですか? 本当に美味い。美味いっ!」


「お前様ぁ!」


突然大上妃の声が聞こえた。見ると、目の焦点が合っている。しかも、なぜか怒っている。


……思わず餅を喉に詰めそうになった。

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