結婚式と初夜
瞬く間に一か月が過ぎて、いよいよタウマ姫が輿入れして来る日がやって来た。
まだ、喪が明けていないのだが、エルドライ帝国皇帝の娘ということもあり、成婚の義は盛大に行われることになった。王宮内は美々しく飾り付けられ、正装した貴族たちが何百人も詰めかけて、その結婚を祝ってくれた。こういうとまるで他人事みたいだが、本当に他人事だ。王宮で働く人々はそれこそ昼夜を問わずにその準備に明け暮れていたが、俺は特に何も言われずに、淡々と日々を過ごしていた。王宮内が見る間に変わっていく様を驚きながら見ていただけだ。
結婚式も、段取りなどあってなきが如くで、俺はただ言われるがままに動くだけでよかった。コイツに色々と段取りを覚えさせるのは無駄だと思われたのか、俺の後ろには正装したシェイスが控えていて、彼の言う通り動くだけでよいようにしてくれていた。右に歩けと言われれば右に歩き、左に歩けと言われれば左に歩く。ただ、それだけだった。
花嫁との対面は一切なく、本当に初めて司祭の前で将来の愛を誓いあうときにその姿を見た。ベールで顔を覆っているので顔は見えないが、とても小柄な女性だった。一瞬見て子どもかなと思ったほどだ。大司祭と呼ばれた、頭の禿げあがった、髭面の爺さんの前で二人で並び、ただ、爺さんの祝福を受けて式は終了した。時間にして小一時間というところだろうか。
式に参加した貴族たちはそのあとで食事会と舞踏会を兼ねたイベントがあり、皆でそこに出席するのだそうで、さすがに宰相らは緊張しきっていた。それは言わば、国威を示すためのものであり、ここでしくじると後世までの笑い種になるので、彼らはメチャクチャ気合が入っていた。ただ俺は、式が終わるともう、お役御免であり、そのまま部屋に帰ることができた。
「ああ~一時間程度であっても、疲れたね」
そう言ってため息をつく俺に、フィリアはお疲れさまでしたと言って頭を下げた。美々しいドレスを身に纏った彼女はとても美しかった。正直言って、この式が俺と彼女のものであればどれほどよかったかと思ったほどだ。彼女は一旦退室して、自分の部屋に向かう。そこで侍女たちに着替えを手伝ってもらうためだ。同時に俺も礼服を脱いで平服に改める。こういう礼服はどうしてこう面倒くさいのだろうか。特に勲章を付ける位置がやかましい。別に脱ぐくらいだからどうでもいいじゃないかと思うが、脱ぐ順番があって、本当に面倒くさい。脱ぐだけで疲れてしまった。
すべてが終わるとベッドに大の字になって寝転がる。今日の予定はこれで終わりだ。久しぶりにゆっくりとすることができるなと思っていたら、フィリアが現れて、お父様とお母様がおいでになっていますという。二人とも祝いを言うために来てくれたのだろう。わかりましたと言って立ち上がると、フィリアが抱き着いてきた。
きっと、今夜の閨が気になるのだろう。
タウマ姫はすでに後宮に入っている。今夜はその彼女と閨を共にせねばならない。正直言って行きたくはないだ、さすがにこればかりは断れない。彼女もそれはわかっているのだが、やはり割り切れないものがあるのだろう。ただ、俺はその気持ちはとても嬉しかった。
「大丈夫。俺の心は、あなただけのものです」
「……はい」
フィリアは俺から離れる。もうすでにそこには、いつものフィリアの姿があった。
部屋には両親と妹夫婦もやって来ていた。兄のシェイスが馬車馬のように働いているが、弟のクレストは暇そうだ。お前は兄の手伝いをしなくても大丈夫なのかと聞いてみたが、何もしなくていいと言われているのだそうで、それはそれで何だか可哀そうだ。
六人でお茶を飲みながら四方山話に花を咲かせる。場所こそ違うが、ユアザライ村での日常を取り戻したかのような感覚を覚えて、何だか癒される。気づけば日暮れになっており、侍女たちの計らいで夕食もこの六人で済ませたのだった。
いよいよ後宮に向かわなければならない時間が来た。何と迎えには後宮総取締役のロースマイがやって来た。いつも以上に厳しい表情を浮かべている。特に準備はいらないとのとのことで、俺はまるで連行されるかのように後宮に向かった。
通されたのは豪華な寝室だった。広い部屋、広いベッド、美々しい調度品……豪華という言葉しか思いつかない部屋だった。聞けばここは国王専用の部屋なのだという。隣には風呂と手洗いがあり、そこで湯浴みをするようにと言われる。風呂から上がってくるとパジャマが置かれていてそれに着替える。なぜか下着がないので焦った。でも、ないものはしょうがないので、そのまま部屋から出ると、すでに薄暗くなっていた。ロースマイに言われた通り、ベッドに入って花嫁を待つ。
すぐに扉が開いて、小柄な女性、タウマ姫が入ってきた。その後ろには侍女だろうか、女性が付き従っている。二人はベッドの傍まで来ると立ち止まり、俺に向かって深々と頭を下げた。失礼しますと言って女性がベッドに入ってきた。それを見たもうひとりの女性は深々と頭を下げて、すぐに踵を返して、部屋を出て行った。
「タウマでございます。どうぞ、末永く、よろしくお願い申し上げます」
女性の細い声が聞こえた。俺も、どうぞよろしくと答える。女性はベッドの上で正座しているのだろうか、そのまま動かない。薄暗くてよくわからないが、俺はその女性の佇まいに違和感を覚えた。枕元のランプのスイッチをひねって明るくする。
……そこに浮かび上がったのは、年端もいかない少女だった。




