なぜ、タウマ姫か
結局俺は、タウマ姫と婚約する運びとなった。部屋に帰って来てから、フィリアに報告すると、彼女は、そうですかとただ一言言っただけだった。
……もしかして、怒っている?
何でだろうか。何となく、いつもよりも余所余所しい感じがする。お父さまとお母さまに報告をしましょうと言って、両親の部屋に向かう。二人とも驚いていた。もう正妃を決めてしまったのかと、母親などは呆れていたので、違う違うと、その顛末を語って聞かせると、二人は二度ビックリしていた。
「……何としても、シェンさんにタウマ姫、というより、エルドライ帝国とのつながりを深めてほしかったのだろうね」
親父はそう言って寂しそうに笑った。
部屋に帰ると、フィリアが急に抱き着いてきた。いつ、タウマ姫はお輿入れになるのでしょうと聞いてきたが、俺はわからないとだけ答えた。彼女はそれでも不安なのか、その日は俺の傍から離れなかった。何となく、だが、二人で一緒にいられるときは、できるだけ一緒に居たいと思っているのではないか。そんな気がしていた。
タウマ姫の輿入れは、少なく見積もっても半年、下手をすると一年以上先ではないかと考えていたのだが、予想に反して彼女は来月早々には輿入れしてくるのだと聞いて、俺は腰が抜けそうになった。どうしてそんなに急ぐ必要があるのかがわからないし、そんなに急いで何をしようとしているのかさえもわからない。宰相のガルデに聞いてもただ、おめでとうございますを繰り返すだけで埒が明かない。なぜか毎日現れるシェイスも、ここ二日間は姿を見せない。いよいよこれは完全にハメられたのだなと思っていると、三日目にシェイスが顔を見せた。
いつもと変わらぬ様子に少し苛立った俺は、貴様のおかげでタウマ姫と結婚することになったと言ってやったが、彼はキョトンとした表情を浮かべると、ひとこと、私の働きではございませんと言った。
この野郎、叩き斬ってやろうかと思ったが、彼はこの国がエルドライ帝国とつながる必要性にあることを滔々と説いた。
現在、世界第一位の勢力を持つエルドライ帝国と、第二位の勢力を持つトリデリア王国の関係は微妙なものとなりつつある。いつかこの大国同士は戦いに発展するだろうというのが、世界の共通認識であるらしい。実際、両国は来るべき大戦に備えて各国と誼を通じる動きを見せている。その中で最も注目されているのが、我が国であるブライアル王国だ。
トリデリアとの同盟の可能性は限りなくゼロだ。ユアザライ村に兵を向けようとしたし、過去を遡れば、先代国王に嫁いだ娘はいろいろあって、すでにこの国を去っている。言わば、相手は我が国を敵視していると言って過言でない。となると、手を結ぶのはエルドライ一択ということになる。
家来たちの一部には、同じ勢力同士で誼を結ぶべきであるという意見もあるらしいが、三つ巴となってそれを維持していくのは相当に難しいのだと言う。で、あればエルドライと誼を通じておけば双方にとってメリットが大きいのだそうだ。
反対派は、それでは従属的同盟になるために、こちらが不利だと吹聴しているらしいが、エルドライもバカではないので、そんな強権的な態度には出ることはないというのが大勢を占めている。何といっても、現皇帝の娘が嫁いでくるというのが大きいらしい。要は、人質を取ることができるからだ。
「私どもとしましては、タウマ王女と殿下が懇意になり、お子をなしていただければこの上ない喜びでございますが、最悪の場合、殿下がどうしてもお気に召さぬとあれば、そのときはそのとき。後宮もしくは、別の場所で心静かにお暮しいただくことも可能でございます。ただ、まずは殿下には、王女様と懇意にしていただくよう努力いただければと存じます」
シェイスはそう言って説明を締めくくった。要は、一回は手を付けろということだ。俺は応とも否とも言わなかった。
聞けばエルドライ側の準備はほぼ整っていて、あとは王女の出発を待つのみだと言う。対して我が国は、後宮に彼女を迎えるための準備を急ピッチで進めているのだそうで、聞けば王女は侍女を五十人も伴って輿入れして来るらしい。五十人もの女官など何をするつもりなのか、理解に苦しむ。
その夜、部屋に帰るとすぐに、シェイスとの会話を報告した。さすがに侍女を五十人も伴って輿入れしてくるというのは彼女自身も聞いたことがない規模らしく、さすがに驚いていた。一体何をするつもりだろうと訝る俺に彼女曰くは、
「穿った見方をすると、理由は二つあります。一つは、我が国の内部情報を探るため、もう一つが、我が国の財政破綻を狙おうとしている点です」
ということだった。ただし、あくまで意地悪な見方をすれば、との前置きを付けての見方であり、そうではない、単に誼を通じたいだけかもしれないと言っていたが、まあ、その二つの理由が正しそうだ。そう考えて構えていた方が、後々大きな問題にならないで済む。
何だか、厄介なことになりそうだ……。




