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王太子の命令

「……ということでございます」


シェイスは、王太子・シェンとフィリア妃を前にして、そう言って言葉を結んだ。二人とも意外なほどに表情に変化はない。


彼が言ったのは、二人の間にもし、男子が生まれたとしても、その子には基本的に王位継承権はないものと思って欲しいという内容だった。王国として王位継承権第一位を与えられるのは古来より皇后、つまり、正妃の産んだ男子という決まりがあるのがその理由であり、現在、シェンには正妃はいない状態だが、遠からず彼には未来の皇后となるべき女性が輿入れしてくる予定であった。そのこともあってシェイスは二人に丁寧に説明をしたのだった。


王国だけにとどまらず、世継ぎ問題は世界中で起こる問題であり、各国はそれで頭を悩ませることも多い。実際にそれがもとで国内で内戦になった事例もあるし、そのまま国が滅びた例も一つや二つではない。シェイスは、そうした問題が起らぬように早めに手を打ったのである。


「わかった」


シェンはそう言って頷く。隣に控えるフィリアに視線を向けると、彼女もゆっくりと頷く。


「もし将来、フィリアが子供を産んでくれるのであれば、その子にはできればこんな窮屈な生活を送るようなことはさせたくないと思っていたところだ」


彼はそう言って満足そうに頷いた。負け惜しみ……などではなかった。シェイスは、なんとも言えない気持ちになった。


……王位を望む者はこの王宮内において星の数ほどいるが、それを望まない、というお方は、この方くらいなものではないか。


一見するとそれは、謙虚な姿勢であるかのように見える。だが、彼はこれまでの経験の中で、謙虚な人間ほど大望を抱いている傾向があることを知っていた。そのために、心の中では、殿下の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないな、と呟いていた。


「ところでシェイス」


王太子が不意に話しかけてきた。いつもとは表情が違っていた。何となく、少しうれしそうな雰囲気が見て取れる。大体こういうときには、ろくでもないことを考えていることが多い。確か前回は、バルコニーに竈を作れと言ってきた。冷えた料理を温めなおすのがその理由だった。まさか、王太子自らがバルコニーで料理を温めるなど、古今東西聞いたことがない。まして、そんなことをすれば、国外だけでなく、国内での外聞にも差し障る。さすがにそれは、と拒否したが、このお方は命令だと言って譲らない。そんな話は徹底的にお諫めすればよいのだが、ヤエノス侍従長はそれを受け入れてしまった。さすがに外に作ることはできないが、フィリア妃の部屋の一部を改装して、竈を作ることになった。どうも、あのお方は殿下には甘い。このままわがままを受け入れ続ければ、果ては暴君となる恐れもある。


そんなことを考えながら、彼は背筋をただして、王太子の言葉を待った。


「確かご先代様の喪が明ければすぐに俺は国王に即位せねばならないのだよな?」


「左様でございます」


「国王になってしまうと、今よりも自由はなくなるな?」


「そう……なる可能性は高ぅございます。国王に即位なされば、日々の政務に加え……」


「ああ、うん。わかった」


シェンは手のひらを見せてシェイスの言葉を遮る。そうしておいて、


「国王に即位する前に、ひとつ、いや、厳密に言うと二つかな。やっておきたいことがある」


「何でございましょうか」


「これは、ぜひ、承知してもらいたい。シェイス、貴様でなくてはならないことだ。引き受けてもらいたい」


「……はっ。承ります」


「まず一つ目だが、フィリアの父、デルビッツ子爵に会いたい」


「お安い御用です。私でなくとも、殿下ご自身が子爵に王宮に参内するようにお命じになればよろしいのです」


「いや、デルビッツ子爵のお屋敷に、俺が行きたいのだ。フィリアを連れて」


「……理由をうかがっても、よろしいでしょうか」


「子爵は俺が子供のころからお世話になった。この度、フィリアを妃に迎えたことを二人で報告したい。聞けばフィリアは着の身着のままで王宮に赴いたと言う。少し早いが里帰りをさせて親孝行をさせたいのと、屋敷に残してきた私物などを取りに行かせたいという思いもある」


「……恐れながら、そうしたことは、書状をしたためれば事が足りるかと存じますが」


「まだ、続きがある。聞いてくれ」


「ははっ」


「その、ついでと言っては何だが、もう一人、直接会いたい人物がいる。才知優れた者と聞いている。俺はお忍びという形で、その者に会いたいと思う」


「……才知優れた者、でございますか。ちなみに、その者の名前を伺っても?」


「……ジサ・ミイツ・ダンド。剣聖・ジサだ」


「……」


「やはり俺はここまで育ててくれた剣聖・ジサに直接礼が言いたいのだ。フィリアを娶ったことを報告したい。フィリアにも会わせたい。王宮に呼び出すことも考えたが、それは難しいのだろう。だったら俺が直接赴きたいのだ。ただ、この王宮には各国の斥候が紛れ込んでいると聞いた。その斥候たちの目を欺き、俺を親父の許に向かわせることができるのはシェイス、貴様をおいてほかにないと考えた。受けてくれるな?」


王太子の言葉に、シェイスは遠い目をした……。

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