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初夜――フィリア視点――

……何か、自分に欠けていたものが見つかったような気がした。


彼の「こちらに来ませんか」という言葉に、体が反応していた。気が付けば空を舞っていた。


私の部屋のバルコニーと彼の部屋のバルコニーは少し距離がある。落ちれば確実に死ぬと思われる高さがあった。普段であれば絶対にできない行為だ。にもかかわらず、私はそこから飛んだ。恐怖感は微塵もなかった。


彼に抱き止められたとき、何かがピタリと合わさった感覚を覚えた。ああ、やっぱりこの人だったのだ。この人と巡り合う運命だったのだと直感的にそう思った。


幼いころ、乳母が絵本を読んでくれた、そのお話に出てくる王子様と王女様のお話……。惹かれあう二人が困難によって引き裂かれるが、最後は運命の糸が二人を結びつける……。そんなことは夢物語だと思っていたけれど、本当に運命は二人を導くのだなと感心してしまった。


房室のことは、教えられて知っていた。といっても、女性は目を閉じて殿方のすることをじっと受け入れていればいいというもので、人によっては痛みを感じることもあるし、相手によっては少し乱暴に扱う者もいるけれど、それはそのうち慣れてくれば収まるものだと教えられていたのだった。だからこれまでは、房室のことは怖いものだというイメージがあったけれど、いよいよそのときになっても、不思議なくらいに落ち着いている自分がいた。


彼のそれは、それまでのイメージとは真逆のものだった。乱暴なことは何一つないばかりか、不快な思いもなく、最初から最後まで優しかった。そして、かわいらしかった。震える手でパジャマのボタンを外そうとして外せずに、焦る彼の横顔は、子供の頃に見た、あの時の少年のそれと同じだった。体を合わせたときなどは、彼の体から心臓の鼓動が伝わってきた。ものすごい速さで脈打っていて、古今無双の剣士でも緊張するのだなと、少し可笑しかった。


痛みの類もほとんどなかった。彼が私が痛みを感じないように細心の注意を払っていたからだろう。彼は真剣な表情を浮かべながら、何度も私の名を呼んだ。そして、すべてが終わると、彼は優しく私の手を握った。私も、その手を握り返した。


この瞬間、私たちは夫婦であり、と同時に同志でもあり、そして、家族となったのだった。


今、彼は私を抱きしめながら静かに寝息を立てている。いつの間にか、彼の左腕が私の首の下に差し込まれていて、そこからほのかな温かみが伝わってきていた。昨日見た彼はまさに、大国の王太子にふさわしい顔をしていたけれど、今、私の目の前の顔は、少しあどけなさを残した少年のような顔をしていた。その顔を、いつまでもみたいと思った。


ふと、彼の目がゆっくりと開いた。彼は私の髪を優しくなでながら、眠れなかったですか、と聞いた。私は、今起きたばかりですと答えると、突然、私を抱きしめていた腕に力が込められた。少し、息苦しい。すぐに力は弱まり、彼は再び私の胸に顔をうずめた。きらきらとした朝日が窓から差し込んできていた。


ややあって彼は顔を上げると、手を二つ叩いて、湯浴みの準備をしてくれと言った。扉の外から、かしこまりましたという女性の声が聞こえた。


「汗を……かいたことでしょう。すぐに、準備ができますから」


そう言って彼は再び私を抱きしめた。


湯浴みの準備は、それからすぐにできた。彼は私を腕に抱えると、そのままバスルームに連れていく。


「……」


大きな桶の中に二人して立つ。少し熱めの湯だ。それを体にかけていき、シャホを取り出して泡立てて、それを私の体に塗っている。どうやら、体を洗おうとしているらしい。どうしてそんなことをするのか、少しわからなかったし、何より、明るいところで自分の体を見られるのはさすがに少し恥ずかしかったが、それよりも、彼の体を見て、一瞬だが呼吸をすることを忘れた。……筋骨隆々の見事な体が目の前にあったからだ。


男の人の肌を見たことは何度かある。なるほど、体が大きくなったと思ったのはこのせいだ思うと同時に、体を見て美しいと思ったのは初めてのことだった。


無意識のうちに、私も彼が作ったシャホの泡でその体を洗う。


彼の手が背中に回った。と、突然唇を奪われる。その状態のまま彼は私の背中を洗っている。珍しい洗い方をするものだなと思いながらも、私も彼の背中に手をまわして、上下に動かしていく。


ようやく彼の体が離れ、大きな酌でお湯をかけてもらう。私も、同じようにして、彼の体を洗っていく。


再び私の体を抱き上げた彼は、そのままバスルームを出ていく。私を立たせるとタオルでくまなく私の体を拭いていく。私も、彼に倣ってその体を拭いていく。


そこからは、無言のまま服を身に着ける。私が着替え終わるのを見て、彼は再び手を二度鳴らした。エプロン姿の女性が入ってきて、一瞬、ギョッとした表情を浮かべた。その女性に向かって、彼女を部屋に案内しろと命令する。


「また、今夜」


部屋を出るとき、背中越しにそんな声が聞こえた。私は振り返って、ゆっくりと頷いた……。




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