フィリア視点――初恋――
はじめて彼と会ったのは、十歳のときだった。そのときのことは今でも鮮明に覚えている。
あれは、秋の収穫祭のときだった。多くの大人たちに交じって一人、帯剣した小さな男の子がいた。それが彼だった。そのときの第一印象は小さくてかわいい男の子というもので、兄妹がいなかった私にとって、こんな弟がいたらいいな、と思わせる姿だった。のちにそれが剣聖・ジサの息子であり、自分と同じ年であることがわかって驚いたほどだ。
次に会ったのが、屋敷で彼らが披露した剣舞のときだった。十二歳となり、いくらか背が伸びたとはいえ、まだ自分よりも小柄な男の子が、鉄の剣を軽々と振るって舞う様は、勇壮だった。さらに、その舞の出来栄えは実に見事で、私は初めて感動というものを経験した。
彼は褒めちぎる父やお客様に対しても一切表情を崩さず、終始控えめな態度であり続けたのも、好感が持てた。彼を初めて意識したのは、そのときだったのかもしれない。
その年の秋に、デルビッツ領で大規模な洪水が起こった。百年に一度あるかどうかの雨が降り、川の水が広範囲で氾濫した。その復旧作業は困難を極め、鷹揚な父もさすがにそのときばかりは顔を真っ青にして走り回っていた。
ちょうど、隣領のサルファス子爵が救援物資を用意してくれた。父はわざわざ子爵の屋敷に赴き、それを受け取りに行った。そこに私も同行した。今から思えば、それは子爵の息子と私とのお見合いも兼ねていたようだ。事実、それからしばらくして子爵家から縁談を受けたが、いつしかそれは破談になった。さすがに一回りも上の男性に嫁がせるのは可哀そうだと父が断ったのだという。
その護衛として、剣聖・ジサとその一門数名が同行した。行きは問題なかったが、その帰りに盗賊に襲われた。救援物資を狙われたのだ。夕日が大地を真っ赤に染めた中、数多くの男たちが斬りあう音は、今でも耳にこびりついている。
馬車に乗っていては危険ということで、父と私は馬車を降り、ジサと彼の護衛の下、移動した。盗賊はかなりの数に見えた。事実、私たちを見つけた男たちが襲ってきた。それを二人は見事に撃退していった。ジサと彼は互いの背中を合わせながら、襲ってくる男たちを斬り倒していく。私とそう年の変わらない男の子が剣を振るい、大きな大人たちを倒していく様は、怖かったけれど格好がよかった。こんな人と結婚できたらとそのときに思ったのだ。
盗賊は難なく退治できた。馬車も無事で、急いでデルビッツ領に帰ろうと馬車に戻るとき、ぬかるんだ足元は私をつまづかせた。その私の体を、彼は腕一本で支えた。華奢な腕なのに意外と力強くて、思わず顔が赤くなっていくのがわかった。私はそのとき、恋に落ちた。
それから折に触れて、彼に会うのが楽しみになった。十五歳になると、彼は父の名代として何度か屋敷を訪れるようになり、私と少しだけ会話をするようになった。屈託のない笑顔を見せるときがあり、それは私の心を癒した。
十五歳になると、私にも多くの縁談が寄せられるようになった。父はいつも私に意向を聞いてくれたが、私はどうしても結婚する気にはなれなかった。彼と私とでは身分が違う。成就しない恋であることは十分にわかっていた。ただ、彼が妻を迎えたならば、私も踏ん切りがつくだろうと考えて、それまでは私も待つことにしたのだった。父には申し訳ないが、お父様のことが心配だからと理由をつけて、私は結婚を拒み続けた。
そんな中、彼の住むユアザライ村に王国軍が差し向けられたと聞いたときには驚愕した。父も詳しいことがわからず右往左往するばかりだった。ただ、屋敷にやってきた軍人は、詳細は後に明らかにするというばかりで、一向に何が何だかわからなかった。そうして、その村にいたジサの息子が、実は大上王の息子であり、王太子に指名されたのだと聞かされて二度驚いた。一体何がどうなっているのか……しばらく私は、原因不明の体調不良に悩まされた。
ようやく体が回復すると、クレストと名乗る男がやってきて、私に王太子殿下の側近くで仕えてくれと言ってきた。王太子妃ではなく、洗濯女という妃でという話だ。父は難色を示したけれど、私は参りますと即答した。根拠はまるでなかったけれど、そちらの方が幸せになれる気がした。自分らしく生きていけるような気がしたのだ。気づけば私は、着の身着のままの姿で馬車に乗っていた。
今、私の目の前には、高価な衣装に身を包んだ彼がいた。衣装のせいだろうか。以前会ったときよりも一回り背が大きくなった気がする。王太子としての気品が溢れていた。きっと彼は、この国を隆盛に導く名君となる。私にはそんな気がしていた。その様子を側で見られることに、興奮すらしていた。
その彼は、私の目の前で人目もはばからずオイオイと泣いている。王族が、しかも王太子が人前で泣くなどあってはならないことであり、大変な不作法なことだが、私はその様子を見て素直に、かわいいと思った……。




