夢か、現実か
フィリアは俺の顔をずっと眺め続けている。俺は思わず口を開く。
「あの……どうして、フィリア様が、こちらに?」
「決まってるじゃない。お兄ちゃんの洗濯女になりにきたのよ」
妹のメイルが口を開く。
「いや、どうしてフィリア様が? どうしてメイル、お前が? それよりも、親父とおふくろはどうなった? 村が……村が大変なことになっていたんだ。お前、知っているだろう?」
「落ち着いて、お兄ちゃん。結論から言うと、お父さんもお母さんも生きているわ」
「生きている? 生きているのか! そうか……よかった……」
俺は思わず天を仰ぐ。根拠はなかったが、絶対に生きていると信じていたのだ。はぁぁと息が漏れる。
「ただね、ユアザライ村が大変なことになったのは事実。お兄ちゃんが王都に向かってすぐ兵士たちがやってきて、村人たち全員を連行したの」
「連行、した?」
思い出した。王都に連れてこられたとき、確か、兵士たちとすれ違ったのだ。俺に敬礼をしていた。まさか、村にやってきたのは、あの兵士たちか?
「後で聞いたけれど、一時間の猶予を与えられて、その間に荷物をまとめさせられて、全員を馬車に乗せて連行したそうよ」
「それは、何のために?」
「そこらへんは、そこにおいでのお義兄様や、突然いなくなったウチの旦那が知っているんじゃないの?」
メイルはそう言って意地悪そうな表情を浮かべながら、シェイスに視線を向けた。だが彼は一切表情を変えずに、淡々と俺たちの様子を見守っている。
「夜中に外が騒がしいから何事かと思って出てみると、道が兵士たちに完全に封鎖されていたのよ。とりあえず村に行こうとしたんだけれど、兵士に止められてね。家の中に入れの一点張りでね。まあ、戦えば勝てるんだけれど、一人や二人じゃないから、戦ったところで負けるのは目に見えていたから、仕方なく家に戻ったんだけれど……。その日から旦那は帰ってこないわ、お兄ちゃんはいなくなるわ、村への道は封鎖されるわで大変だったんだから」
「あ……ああ、すまん。俺も、大変だったんだ。で、親父やおふくろはどこに?」
「リアネスよ。五日後に手紙が来たの、お父さんから」
「リアネス……。ヤマドの町から少し離れたところだな。どうしてあんなところへ。まあ、二人が無事ならいい」
「で、早速行ってみたら、二人とも元気だったよ。けど、お母さんはちょっとやつれたかもね。心労がたたっていると思う。そこで、お兄ちゃんが王太子になるっていうじゃない。ビックリしちゃった」
「俺もびっくりしたんだ」
「着るものを着ていれば立派になるんだね。王太子らしくなっているじゃない。驚きを通り越して呆れちゃうわ。ああ、そう。お父さんもお母さんも私の家に連れてきたかったんだけど、町から出るのを禁じられていて、結構厳重な監視が付いていて無理だったのよ。まあ、お父さんが本気出せばあの程度の兵士だったら全員倒せるけれど、ほかの村のみんなに迷惑がかかるじゃない。だから、しばらくは兵士たちの言うとおりにするって」
「そうか……まあ、家族に会わせてくれたのだから、監視が付いているとはいえ、緊迫した状況ではなさそうだな」
「緊迫しているよぉ~。何を隠したいのか知らないけれど、すごい厳重だったよ。忍び込むのに苦労したんだから」
「忍び込んだぁ?」
「夜に気配を消して、ね」
「……すげぇな、お前」
「まあ、そういうの、得意だからね」
「で、どうして、ここに?」
「突然旦那が帰ってきて、王都に来てくれって言われたのよ。洗濯女の件は、ついさっき聞いたばかり」
「……あの、フィリア様は、どうして?」
「王都に行く前に、デルビッツ様の屋敷に行ったのよ。私は同席できなかったけれど、ウチの旦那、フィリア様に、洗濯女になってくれって言ったらしいのよ」
「……何ということを。あとで、張り倒しておけ」
「馬車の中で張り倒したわよ」
「さすがに仕事が早いな」
俺はそういうとフィリアに向かい直った。
「フィリア様、誠に申しわけございませんが、どうぞこのままお引き取りください。この度の無礼、お詫び申し上げます」
「ちょっと、お兄ちゃん」
「なんだよ」
「フィリア様がここに来ているってことは、そういうことよ」
「そういうこと、とは?」
「お兄ちゃんの、洗濯女になってもいい、ってことよ。相変わらず鈍いなぁ」
「え? あ? は?」
戸惑う俺に、フィリアはまっすぐな視線を向けてきた。
「私は、殿下の御ために、お側でお仕えしたく存じます」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。俺は思わずメイルに視線を向ける。
「これは、夢かな?」
「現実か夢か、試してみようか?」
メイルが拳を握り締めている。後ろで控えていたシェイスの気配が変わった。それはメイルも感じたのか、チラリと彼を見ると、大きく息を吐きだした。
「フィリアさまは、ずっとお兄ちゃんのことが好きだったのよ」
「えええ……」
「ちゃんとデルビッツ子爵さまもお認めになっているから、安心して」
何だか、堪えていたものが崩壊したかのように、涙が溢れてきた。




