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洗濯女

「殿下にあらせられては、ご不便も多いことでございましょう。ここでひとつ、洗濯女を置かれてはいかがでございますか」


ある日、シェイスが藪から棒にそんなことを言い出した。洗濯女……はて、どこかで聞いたことがある言葉だなと少し考えて、それは、俺の生みの母のことだと思い当たる。


「両陛下の喪が未だ開けぬこの頃でございますが、殿下も御年十八におなり遊ばします。今後のことを見据えましたれば、洗濯女をお傍に召され、いろいろなお世話を差し上げた方が、よろしいかと存じます」


……要は、伽をする女性を傍に置いて、発散させろということだ。俺は未だそんな気にはなれないでいたが、シェイスは引かなかった。是非に、と言って食い下がってきた。こうなるとこの男は引かない。それだけ面倒くさい男であることはもう十分に知っている。俺は勝手にしろと言って彼を下がらせた。


しばらくすると、ヤエノスが茶菓子を持って部屋にやってきた。大体これは、俺が煮詰まったときにやる手法だ。心が折れた俺にシェイスが、私の言うことを聞けなければ私を斬ってください、などと面倒くさいことを言う。渋々俺が承知する。その後でヤエノスが酒だの茶菓子だのを持ってきて、俺に切々と語る。あの者にも立場というものがございます。今回は、シェイスの顔を立ててやってください、などと言うのだ。


今回もそういうことなのだろうな、と思いながら彼を迎える。この男はマナーの練習になると鬼になるが、普段は愛嬌のあるいいオジサンなのだ。ヤエノスは自分で温かい紅茶を淹れながら、俺にすすめる。


「殿下も思うところがおありになるでしょうが、今回はヤエノスの話を聞いてやってください。と、申しますのも、あなた様には縁談が進んでおります」


「縁談」


「左様でございます。我がブライアル王国は、世界に見ても大国の一つに数えられる国です。その国王ともなれば、それなりの国からお妃さまをお迎えせねばなりません。洗濯女は、そのためでもあるのです」


「俺の結婚と、その洗濯女と何のかかわりがある」


「殿下はまだおわかりにならないかもしれませんが、大体、輿入れしてくる姫は、殿方との房室のご経験がございません。そうした姫をお迎えあそばすときに、国王様もご経験がないでは、いろいろと差しさわりがございまして」


「差しさわりがある? どうして?」


「これは、亡き先王、つまり、あなた様のお義父上ですが、奥方様は、今は亡きトルデリア王のご息女でございました。このお二人が、房室のご経験をせずに、初夜を迎えたのです。どうなったかおわかりですか?」


「……うまくできなかった、か」


「であればよろしかったのでございますが……。力づくで何とかなさろうとして、その姫はそれ以来、国王様との房室を拒否なさったのでございます。それだけでなく、あろうことか、里帰りと称して、ご帰国あそばしました。それ以来、奥方様はご帰国なされておりません。長い里帰りが続いているのでございます」


ヤエノスはそう言って寂しそうに笑った。確かにこの国の皇后というのは見たことがない。なんだ、そんな裏話があったのか。あの国王は優しそうな顔をしていたが、やるときにはやるものなのだなと変に感心してしまった。


「そういうこともありまして、シェイスは殿下に洗濯女をお勧めしているのです。できれば、というより、できるだけ、奥方様との間にお子を、男子を成していただきたい、というのが我々家来の望むところでございます。それは、奥方様のご実家も同様でございます。そのためには、奥方様に房室に関して恐怖感を抱かれると、先王様のようなことにもなりかねません。無論、お気に召さなければそれで構いません。ただ……今回ばかりは、あの者の言うことを聞いておいてよいかと存じます。いいことが、あるかもしれませんよ」


そう言って彼はホホホと気味の悪い笑い声をあげた。俺は胡散臭いなと思いながらも、渋々その話を承知したのだった。


シェイスが、いわゆる洗濯女を連れてきたのは、それから一週間ほど経った頃だった。いつもの講義を受けて部屋に帰ってくると、その彼が待っていた。俺の帰りを待ちかねていたようで、表情は変わらないが、そんな雰囲気がにじみ出ている。相当自信があるのだろうなと思いつつ、椅子に座る。


「殿下、先ごろ申し上げました、洗濯女を連れてまいりました。どうぞ、ご披見くださいますよう」


そう言って彼は手を鳴らす。別室から小奇麗なドレスに身を包んだ女性二人が入ってきて、俺の前に控える。


「二人とも、面を上げよ」


シェイスの言葉に、女性たちはゆっくりと顔を上げる。すぐ前に控えている女性に、俺は見覚えがあった。


「……メイル? お前……メイルじゃないのか? え? 何やってるんだ?」


目の前に控えていたのは、何と妹のメイルだった。彼女はニコニコと笑みを浮かべている。思わず俺は立ち上がる。そのときふと、メイルの隣に控えている女性と目が合った。


「……フィ……フィリア、さま?」


メイルの隣に控えていたのは、デルビッツ子爵令嬢のフィリアだった。俺は腰を抜かしたように、再び椅子に腰を下ろした……。

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