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崩御

大上王、トリシルエ二世が崩御したのは、それからひと月の後のことだった。危篤状態に陥った彼は、宰相ら国の主だった者たちとの目通りを許さず、後宮から出ることはなかった。ただし、王太子である俺に関しては、目通りは苦しからずと、後宮総取締役であるロースマイを通じて寄こしてきた。


正直言って俺はどうでもよかったが、後宮に入ることができるのは、大上王、国王、王太子のみであり、そのため、大上王から遺言の類が示される可能性もあることから、宰相らは俺に対面するように申し入れてきた。まあ、彼らの気持ちはわからなくはないので、渋々ながら後宮に行くことにした。


大上王はベッドに仰向けになり、目を閉じていたが、俺が来たことを告げられると、ゆっくりと目を開けて、ニヤリと笑みを浮かべた。その様子はこれから死ぬ人間とは思えないほどに元気そうであった。彼は俺を見ると一言、「来たか」と言った。


「父上様のお具合がよろしくないと聞き、罷り越しました」


「フフフ。しばらく見ぬ間に、王太子らしくなったではないか。褒めて遣わす」


「……」


「どうせ、宰相どもに余の様子を見てこいと言われてきたのであろう。顔にそう書いてあるわ」


「皆、父上にお目通りを願っておりますが、頑としてお許しになりませぬゆえ、私が参ったのです」


「フフフ。他の者たちに会う気持ちは、ない。このような弱った姿を見せて、何になるというのだ。それに、言い残す言葉とてない。華々しく戦場を駆けた。思った通りに生きた。これ以上何を言うことがあろうか」


そう言って大上王は満足そうな表情を浮かべた。


「あとのことはそちに任せる。好きにするがよい」


大上王はそう言って目を閉じ、大きく息を二つついた。それが、彼の死出の旅路の合図であった。


大上王崩御の知らせはひと月の間伏せられることになった。いよいよその知らせが発表される直前になって、今度は国王の容体が急変した。彼は大上王とは真逆で、多くの家来たちに見守られながらこの世を去っていった。臨終に際しての言葉はなかった。ただ彼は、きちんと遺言状を書き残していて、それだけ見てもその律義さが十分伝わるものだった。


遺言状はシンプルだった。王太子・シェンを次期国王とする。その後見には宰相・ガルデを任命する。国王は民の生活を守ることを第一と心得ろ。宰相以下、家来たちは国王をよく助け、国を守っていくようにと書かれてあった。


ブライアル王国は一気に大上王と国王という二人の王を一気に失ったこととなり、これは国家の一大事であると言えた。侍従長のヤエノスは、両陛下の喪に服している間に、色々と準備をしなければならないと言って忙しく動き回っている。シェイスも毎日顔を出すものの、ヤエノスと同じように忙しく動き回っているらしい。らしい、というのは本人が言っていたからで、本当かどうかはわからないし、興味もない。


俺は俺で、相変わらず淡々と日々の決められた予定を消化していくという生活を続けていた。大上王と国王が死んでも、特に何とも感じなかった。悲しいとも思わなかった。周囲の者たちは右往左往していたが、俺にとってはそれだけで、特に特別な思いを抱くことはなかった。何か意見を求められるわけでもないし、決断を求められることもなかったので、周囲に求められるままに生きていくだけなのだと漠然と考えていた。


そんな中、突然後宮から呼び出しを受けた。呼び出しというのはすこし極端な言い方で、言ってみれば後宮から要請されたのだけれど、その要請を断るだけの権限も力もないために、俺は唯々諾々とその要求に従った。


後宮からの要請は、大上妃を見舞って欲しいというものだった。彼女は俺が初めて会ったときから、現実と夢の境目が少しあいまいであったのだが、ここ最近になってそれがひどくなっているのだと言う。彼女自身も体調はよくなく、いつ死んでもおかしくない状態なのだそうだ。あの体だ、健康でないことは察してはいたが。その彼女はここ最近、死んだ大上王に会いたいと言ってきかないのだという。もちろん彼はすでにこの世にはいないのだが、彼女が求めているのはおそらく、若いころの大上王なのだろうということで、俺に一度、顔を見せてほしいという要請が来たというわけだ。


今の俺は、来いと言われれば向かい、行けと言われれば行くだけの話だ。特に何を考えるわけでもなく、案内されるままに後宮に向かう。


「お久しぶりでございます」


入り口まで迎えに来たロースマイはそう言って恭しく頭を下げた。俺はただ、無言のまま頷いた。


「大上妃陛下は今、夢の中においで遊ばします」


俺を案内しながらロースマイはそんな説明をした。


「陛下は大上王陛下に会いたいとずっと仰せになっておいででございます。誠に僭越ながら、王太子殿下のお顔をご覧になれば、お気持ちも晴れるかと存じます」


俺はその言葉には返答せず、ただ、彼女の許に足を進めた。


「おお……お前様……。ようこそのお戻りを」


俺の顔を見た瞬間、大上妃の表情が一変した。彼女は何度も頷き、心底から嬉しそうな表情を浮かべた。やはり、目からは涙が溢れている。彼女は嬉しそうに、傍に控えている女性に命じた。


「陛下のお戻りじゃ。いつものとおり、餅を差し上げよ。陛下は餅は好物じゃによって、たんと差し上げよ」


女性は一礼してその場を去ると、盆に餅をうず高く積んだ状態で持ってきた。一体どれほど持ってくるのだと驚愕する俺に、大上妃は猫なで声で口を開く。


「ささ陛下。餅が参りましたぞえ。いつものように、お食べくださいませ。すべて食されても大事ございませぬ。どうぞ、どうぞ」


……いや、食えねぇよ。


ただ、彼女の気持ちも無下にできなかった俺は、勧められるままに餅を食べた。美味かった。ただ、五つ食べたところで満腹になり、もうこれ以上はと言おうとして彼女を見ると、目から涙を流しながら眠っていた。その様子を見たロースマイらも泣いていた……。

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