愛していると言ってくれ
「……ご案内いたします」
老女は俺の質問には答えず、少しの間睨みつけていたが、一切表情を変えることなく、そう口を開いた。そのまま歩き始めるのかと思いきや、彼女はまだ、その場にとどまっている。
「恐れ入りますが、お手のものを」
彼女はそう言って両手を差し出した。相変わらずいけ好かねぇ婆さんだ。
「こちらは、大上王陛下からいただいた剣ですが……」
「それが何か? 後宮には寸鉄すら、持ち込むことは許されておりませぬ」
「これは、大上王陛下の許にあった剣ですが……」
「あなた様は、大上王陛下ではございません」
老婆の後ろに控えている女性たちが、ハラハラしているのが伝わってくる。んなこたぁ知らねぇよ。我ながら大人げないと思うが、何か、この婆さんは嫌いだ。意地を張りたくなる。追い返すのであれば追い返してみろというんだ。
ただ、どうしても剣を持って入ることはできないらしい。最悪、これで大上妃をブッた斬るつもりでいたが、それはできなさそうだ。仕方がないとばかりに、手に持っていた剣を差し出す。老婆はそれを受取ろうと両手を伸ばした。
「その手で、受け取られるのですか?」
「……何か?」
「大上王陛下の許に仕えておられた女性たちは、手に布を敷いてこの剣をお持ちでした。あなた様は、これを、素手で、お受け取りに、なりますので?」
「はい」
彼女はそう言って両手で剣を受け取り、俺を見たままで、後ろに控えている女性に剣を渡した。
「殿下。私に対して、あなた様、などというお言葉は無用でございます。どうぞ、お呼び捨てくださいませ。……では、ご案内いたします」
そう言って彼女は一礼して俺に背を向けた。明らかに、その背中からは怒りの感情が見て取れた。
老婆の後ろに控えていた女性たちも付いてきた。先ほどまで殺風景であった広い廊下にも、エプロン姿の女性たちが等間隔に並んで控えていた。それにしても、彼女らはずいぶん遠巻きに控えたものだ。これは、俺が王太子に任命されたからか。その点も聞いてみたいとは思うが、この老婆と喋る気にはなれない。
先ほど左側に歩いた突き当りを、今度は右側に歩く。すぐに、何だかいい香りが鼻をくすぐる。廊下がいくつもわかれていて、まるで迷路みたいだが、俺たちは真っすぐに廊下を進む。
ややあって、彼女は右に曲がる。奥の突き当りだろうと思っていたのだが、意表を突かれる。しばらくして老女は立ち止まり、失礼しますと言って一礼する。
扉が明けられる。中からとんでもない濃い香りが漂ってきてむせそうになる。何だこの部屋は。
扉を二枚、三枚と通っていく。最後に広い部屋に出た。そこには、薄くて白い布が下がっていて、先は見えない。……いや、誰かがいる。椅子に、腰かけた、人がいるのか? この人が、大上妃らしい。
「ただいま、王太子殿下をお連れしました」
老婆はそう言って恭しく一礼する。あ、そこはもう、王太子殿下でいいんだと心の中で突っ込みながら、俺も頭を下げる。
何やらカラカラという音がする。何だろうと思っていると、面をお上げなされという若い女性の声が聞こえた。あれ? 大上妃とはそんなに若い人だったのかと思いつつ、顔を上げる。
……声の主は、大上妃の傍に控えている女性だった。若いが、キツそうな顔だ。完全に俺たちを見下している。察するところ俺のことが嫌いなのだろう。気が合うな。俺も、アンタのことは嫌いだ。
そのすぐ隣に、その人はいた。玉座にデンと坐り、化粧を施しているが顔は皴だらけで、目が吊り上がっている。でっぷりと太った体も相まって、醜悪さが半端ではない。
その大上妃は、俺をジロリと睨みつける。顔がよく見えないのか、右手を挙げて、こちらに来いというゼスチャーをした。爪が長い。本当に悪魔のようないで立ちだ。
立っていても仕方がないので、彼女の許に向かって歩いて行く。すると、さらにこちらに来いと手招きする。いよいよ、すぐ傍まで来てしまった。すぐ近くに控えている女性がメチャクチャ睨んできている。知らねぇよ。この人が来いと言っているんだから。俺だって来たくて来てんじゃねぇよ。
ついに、彼女のすぐ隣まで来てしまった。大上王妃は右手を伸ばすと、俺の頭を掴んで引き寄せた。痛い痛い……。
もう、目の前にその醜悪な顔がある。目が見開かれていて、恐ろしさが倍増している。何とも言えぬ変な香りがする。離れたい……一刻も早く離れたい……。
「おお……おおおおお……」
大上妃が呻いている。周囲が緊張感に包まれているのが伝わってくる。
「若き日の、国王様に、生き写しじゃぁ」
大上妃は、何とも言えぬ甘い声を出した。彼女は俺の頭を掴んだまま、大きく、何度も頷いた。
「のう、国王様。妾を、妾を、愛しているかえ? 愛しておいでかえ?」
……愛しているわけねぇだろう。それに国王様ってなんだよ。何を言い出すんだこの人は。
ただ、目が完全に決まっている。これは、愛していると言わねばならないのか。俺は腹を決めた。
「あ……愛して、います」
「愛していると言いや! そなたを、心から愛していると言やいのう!」
おばあさんの声が聞こえてきた。スミマセン、と心の中で呟きながら、口を開く。
「愛している。そなたを、心から愛している」
「そうかそうかそうか。妾を愛しておいでかや。うんうん。妾も、愛しておりますぞえ?」
大上王妃はそう言うと、俺から手を離し、体を玉座に預けて天を仰いで身もだえた。
……これは一体、何なのだ?




