表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/28

大好物

大上妃は、機嫌のよさそうな表情を浮かべているが、醜悪さと不気味さはそのままだ。俺は一刻も早くこの場を離れたいが、何故か彼女は俺の手を握ってきた。……やめてくれませんか。


「この者であればよかろう。うむ、よいよい」


彼女はそう言って、俺の手を強く握った。痛い……痛いよ。


「そなた、毎日、妾の部屋に参るのじゃ。うむ、毎日参れ」


イヤだよ、という言葉が思わず口をついて出そうになる。でも、本当にイヤだ。


そんなことを考えていると、控えていた老婆が口を開いた。


「恐れながら陛下、お体のこともございますれば、三日に一度くらいのお目通りでよろしいかと存じます」


「イヤ、この若き陛下を見ているだけで、妾は元気が湧いてくる。毎日でよい」


「ただ陛下。これから殿下は、立太子の儀を控えて遊ばします。なかなか後宮にお渡りになるのは、難しいかと存じます。ここはやはり、三日、もしくは四日に一度のお渡りでよろしいかと存じます」


「なに? まだ、立太子の儀を済ませておらぬかや? 左様か……それはいかぬな。うむ。早く終わらせよ。よいな、必ず、妾の許に参るのじゃぞ?」


「は……はい」


メチャクチャ怖い目だ。約束を破ったら、それこそ殺されそうな雰囲気に満ちている。まだ、この人は俺の手を握ったままだ。


「……恐れながら」


若い女性が恭しく盆に何かを乗せて大上王妃に差し出した。彼女はそれを左手でちょいとつまむと、豪快に口の中に放り込んだ。そして、左手をヒラヒラさせて、その女性に下がるように促した。


「お待ち。この者にも、陛下にも同じものを」


「承知しました」


そう言って女性は下がっていく。大上妃は再び俺に視線を向けてきた。機嫌のよさそうな表情だ。


「国王陛下は、なによりも餅が大好きであった。戦いに出陣する前、お戻りのとき、いつも妾が餅を拵えて差し上げた……。陛下はそれを、美味い美味いと言って食された。そ、な、た、も、餅が好きであろう? 国王陛下に瓜二つのそなたが餅を嫌いなわけはない。妾は今はこの体じゃによって、自ら作ることは叶わぬが、いつお渡りがあってもよいように、餅はいつも備えておりますのじゃ。ささ陛下、いま、好物の餅をお持ちしますによって、どうぞ召し上がれ」


……何故だと心の中で叫ぶ。実は餅は俺の大好物だ。ユアザライ村では、正月に皆で餅をついて食べるのだが、それが一番の楽しみであると言って過言でない。その餅が、よりによって、こんな場面で出てくるとは。何ということだ。


先ほどの女性が、再び盆に餅を乗せてこちらにやって来た。さっきよりも大きい。俺に合わせて作ったのだろうか。……見るからに美味そうだ。ええい、ままよ。


俺は餅を掴むと、口の中に放り込んだ。ほのかに温かい。まさかこれは、つきたてか。でなければこの柔らかさは出ないはずだ。ほのかな甘みが口の中に広がる。


「う、う、うまい! うまい!」


思わず声が出た。と同時に、大上王妃が叫び声にも似た声を上げた。


「そうでありましょう陛下! 妾の餅は、美味しゅうございましょう!」


彼女の目からは涙が溢れていた。俺は無言のまま頷く。そのまま大上王妃は泣き出してしまった。見ると、目の前に控えている老婆も目頭を押さえているし、俺を睨みつけてきたあの女性も、目頭を押さえている。


「これからは……いつ何時なりとも、妾の許にお渡りくださいませ。陛下の好きな、餅を準備してお待ち申し上げておりまする」


そう言って彼女はさめざめと泣いている。ああ、夫のことが、大上王のことが、本当に好きなのだなと思った。年を取って、彼の興味が若い女性に移ると、疎遠になったのだろう。その嫉妬から、側室の生んだ子供たちを殺したのだろうか。愚かな人だとは思うが、何故か俺は、この女性を憎む気持ちになれなかった。


「……大義であった」


しばらくすると、彼女はそう言ってやっと握っていた手を離してくれた。彼女は再び俺に視線を向けると、


「いつでも妾の許に参るがよい。妾は、後宮はそなたの味方じゃ。よいな?」


俺はただ、頷くしかできなかった。彼女もまた、大きく頷いている。


「何かあれば、あの者に言うがよい。何なりと、よきに計ろうてくれるであろう」


大上王妃は老婆に向けて小さく頷く。彼女もまた、ゆっくりと頭を下げた。


「何かございましたら、私をお呼びいただきましたら、すぐに参ります」


そういう老婆に俺は口を開く。


「わかりました。そういえば……。すみません、あなたのお名前は、何と言いましたっけ?」


老婆がキョトンとした表情を浮かべる。そのとき、大上王妃の体が震えているのに気が付いた。


「クックック……アハハハハハハハ! ロースマイ、そなた、今宵、王太子殿下の伽に呼ばれたぞえ! ホホホホホ! 今宵のお相手を命じられたぞえ! せいぜい化粧をして、若作りをして侍らねばならぬ。化粧は、化粧は妾が手伝ってやろうほどに! ハハハハハ! ハハハハハ!」


……笑い転げている。老婆……ロースマイも、何とも言えぬ顔をしている。そう言えば、名前を聞いたら、夜の伽に侍るのだとシェイスが言っていたな。


これは、エライことになってしまったな……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ