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ふたたび後宮へ

国王の表情は変わらない。ただじっと、俺の顔を眺め続けている。


「そなたを余の養子とし、王太子とする」


ややあって、国王は静かにそう言った。


「そのことでございますが」


俺の前に控えていたシェイスがバッと振り返った。表情は変わらないが、お前何を言い出すんだと腹の中で思っているのが手に取るようにわかる。


「私は、ご辞退申し上げたく、存じます」


その場の空気が緊迫していくのを感じる。でも、イヤなものは、イヤなのだ。


「私は、ユアザライ村というところで育ちました。従いまして、王族のような言葉遣い、振る舞いなどはできないと存じます。誠に恐れ入りますが、このまま私を、元の村にお戻しいただきますよう、お願い申し上げます」


「そうしてやりたいのは、やまやまだが、わが国は今、存亡の危機にある。わが王国に生きとし生けるものたちのために、すまぬが、そなたの力を借してもらいたい」


「存亡の危機、ですか」


「そうだ。先に父上に目通りしたのであろう? 父はあの様子である。もう長くはあるまい。そしてこの余も、命が尽きようとしている」


「……」


「余には世継ぎがおらぬ。弟はそなたの他に二人おるが、国を任せる器ではない。しかし、そなたは、余の見たところ、その才はありそうである。その手に持つのは、オルドデント剣であろう。父上の愛刀である。父上も、そなたのことを認めたのだ。そのそなたに、わが国の行く末を、託したい」


「しかし……」


「このまま父と余が亡くなれば、世継ぎのないこの国は、他国から侵略を受けることになる。とりわけ、隣国エルドライ帝国は、今のところ我が国と誼を通じておるとは言え、隙あらば我が領土を狙おうと虎視眈々としておる。それをさせぬためにも、余の命が尽きる前に、次の国王を決めねばならぬのだ」


国王はそう言うと、大きく息を吐きだした。


「何もそなた一人で、この国を支えてくれとは言わぬ。そなたの目と手足になる者たちをつけよう」


彼は手を叩くと、黒い服を着た男が入室してきた。


「これは、余の身の回りの世話をしてくれる、ヤエノスという者だ。ヤエノス、そなた、余に続いて王太子の侍従長として勤めよ。そしてシェイス。そなたも、だ。二人でこの王太子を、次期国王を支えてやってくれ。ゆめゆめ、余が死んだからと言って、後追い死をすることだけは許さぬ。わかったな」


「へ……陛下」


ヤエノスと呼ばれた男は涙を流していた。彼はしばらく嗚咽していたが、やがて国王に仰せのままにと言って頭を下げた。


「では、すぐに立太子の準備をせよ」


「あのっ」


「殿下」


俺が口を開こうとしたそのとき、シェイスが口をはさんできた。


「国王様は、お体がすぐれませぬ。詳しい話は私と侍従長でいたします。まずは、これにて」


彼の言葉に、ヤエノスが立ち上がる。俺は思わず国王に視線を向ける。彼は無言のまま、ゆっくりと頷いた。


有無を言わせぬ雰囲気だった。俺はその圧力に押される形で剣を取って立ち上がった。


「では」


シェイスの声と同時に二人が国王に一礼した。俺のそれに倣う。そうして促されるままに部屋を出た。


ここに来るまではシェイスが先導していたが、それに侍従長・ヤエノスが加わった。彼はシェイスに、俺にどこまで説明しているのかを確認し、それだけか、と落胆したかのような声を出した。それに対してシェイスは、王都までお連れすることを最優先しましたと言って、まったく悪びれない態度をとっていた。


「殿下」


突然、ヤエノスが足を止めた。予想外の行動であったために、危うく彼にぶつかりそうになる。


髪の毛をきれいにまとめた、痩せた男だ。何か頭に付けているのだろうか、テカテカと黒光りしている。顔に深い皴が刻まれているところを見ると、五十代か。くりくりとした目に愛嬌がある。その彼が、ちょっと甲高い、鼻にかかった言い方で話しかけてきた。


「これから後宮へまいりまして、オーツ大上妃にお目通りをいただきます。大上妃陛下からは、いろいろなご下問があるかもしれませぬが、できるだけ、お答えにならぬようお願い申し上げます。また、お茶、お菓子の類も出されることもあるかもしれませんが、決し手をお付けになりませぬよう」


「あの……どういう意味でしょうか」


「それもこれもすべて、あなた様の御身を守るため。ひいては、わが国を守るためでございます。くれぐれも、私が申し上げたこと、お忘れなきように願い上げ奉ります」


男はそう言って深々と頭を下げた。その後ろでシェイスも頭を下げている。ヤエノスは頭を上げると、すすっと俺の傍に近づいてきて、小声で、


「時間もありませんから、端的に申し上げます。大上王陛下には男女合わせて六十人のお子様がいらっしゃいましたが、現在、成人遊ばしましたのは、男子はあなた様を入れて四名。女子は九名のみでございます」


「え? 他の約五十人は……死んだのですか?」


「はい。生まれてすぐにお亡くなり遊ばしたお方、お生まれになる前に亡くなられましたお方、様々ございますが、事実としまして、現在、ご存命であらせられますのは、あなた様を除いて、すべて、オーツ大上妃がお産み遊ばしたお方のみでございます。普段であれば、私どもも命を懸けて殿下をお守り申し上げる覚悟ではございますが。私どもは後宮だけには入ることが叶いません。従いまして、殿下にあらせられましては、万全に万全を期して、お命をお守りいただきたく、お願いを申し上げます」


……ちょっと待ってくれ! それ、ヤバイくないか!

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