国王陛下
「……大上王陛下にあらせられては、心の臓の病を患っておられます。医師が言うには、生きているだけで奇跡であるということですが、陛下の心の臓はもう限界が来ております」
部屋を出ると、ロースマイが誰に言うともなく呟く。その話を聞きながら、なるほどなと俺は妙に得心がいっていた。
ここブライアル王国は、もともとは小さな国だった。それをあのトルシルエ大上王が一代で、ここまで大きな国に仕立て上げたのだ。その戦いぶりは伝説として残っている。槍を振り回すと二十人の兵士を一気に討ち取ったとか、ひとりで千騎を倒しただとか、およそ現実離れした荒唐無稽な話が伝わっているが、あのいで立ちを見ると、さもありなんと納得してしまう。
「あの、一つ聞いてもよろしいでしょうか」
俺の言葉に、ロースマイは歩を止めはしなかったが、歩く速度を落として顔を少しだけ俺の方向に向けた。
「俺は……本当に、あの、大上王様の子供なのでしょうか」
その問いかけに、彼女は何も答えなかった。知らないのか、はたまた、知っているのだが敢えて答えないのか。おそらく、後者になるのだろう。俺は質問をつづけた。
「俺の母親……生みの母がいると聞きました。その方は、どちらに?」
「お亡くなりになった、と聞いております」
「えっ?」
「詳しいことは、私は存じ上げません」
「さ、左様ですか……」
「殿下」
「はい」
「そのような下卑た言葉をお使いになるのは、おやめになった方がよろしいかと存じます。また、私に対して、そのような遜った態度やお言葉は無用でございます」
「……す、すみません」
「私に謝る必要はございません。さ、急ぎましょう。国王陛下がお待ちかねでございます」
彼女はそう言うと、歩を速めた。
案内されたのは、先ほどやって来た後宮の入り口だった。彼女は俺たちが入ってきた小さな扉を開けて外に出た。俺も続いて出る。そこには、シェイスが待っていた。
「殿下、その……剣は?」
シェイスが目ざとく俺の手にある剣を見て口を開いた。そのとき、ロースマイが口を開く。
「それは、大上王陛下が殿下にご下賜なされた剣です。オルドデントの剣でございます」
「な……何と……」
驚くシェイスを尻目に、ロースマイは再び扉を潜って中に入ってしまった。何だろうな。イヤなばあさんだ。
「殿下、おめでとうございます」
シェイスが腰を折ってお辞儀をした。大上王の愛刀をもらったのがそんなにめでたいのだろうか。まあ、普通はもらえないよね。ただ別に俺は、どっちでもいいのだけれど。
「ささ、国王陛下の許に参りましょう。きっと、陛下もお喜びになるはずでございます」
そう言って彼は歩きだした。なんだか、先ほどよりも足取りが軽くなっている気がするのだが、気のせいだろうか。
きっとまた、長い距離を歩くのだろうなと思っていたが、国王の部屋は意外と近くにあった。距離にすると数十メートルと言ったところか。そこは、常の間と言って、国王の私室であるらしい。
扉の前には、武装した兵士が警備をしていた。彼らはシェイスの姿を見ると、サッと挙手の礼を取り、恭しく扉を開けた。彼は兵士たちに手で応えながら中に入っていく。だが、俺が入ろうとすると止められた。剣をお預かりすると言ってきたが、シェイスは、大上王陛下から賜った剣ですというと、失礼しましたと言って再び挙手の礼を取った。中に入ってみるとそこには、豪華な調度品が設えられてあり、金銀で装飾された細工が鈍い光を放っていた。
ここでも数名のエプロン姿の女性たちが控えていた。彼女らは俺たちを見ると一様に礼をした。そのうちの一人にシェイスは話しかける。
「王太子殿下をお連れしました。国王様は」
「はい。お待ちくださいませ」
そう言って彼女は扉をノックした。失礼しますと言って開け、そこで、シェイスさまがシェンさまをお連れしましたと言った。中から声は聞こえてこなかったが、女性はスッと一礼すると、俺たちに向き直り、どうぞと言って道を開けた。
中には、初老の男性がソファに深く腰掛けていた。どうやらこの人が国王であるらしい。中にはベッドや机の類が置かれていて、本当に国王の私室であるらしかった。
その国王の前でシェイスは片膝をつき、右手を胸に当てて頭を下げた。さすがに俺もそれに倣った方がいいだろうと同じ姿勢を取る。手に持っていた剣を左側に置いて控える。
「……よく参った。面を上げよ」
シェイスが頭を上げたようなので、俺も顔を上げる。目の前にいる男は、とてもやさしそうな顔をしていた。とてもあの大上王の息子であるようには見えない。ただ、この方も顔色が悪く、明らかに体調は悪そうだった。
「そなたが、シェンか」
国王が俺に話しかけてきた。俺は左様でございますと言って再び顔を伏せた。
「……」
国王は何もしゃべらず、無言のままだった。どうかしたのかと思った俺は、恐る恐る顔を上げてみた。彼はまだ俺のことを眺めていた。一体、何なのだろうか。そのとき、国王がゆっくりと口を開いた。
「……よいだろう」
……何が、よいのだろうか。




