大上王陛下
扉は思ったよりも小さい。腰をかがめて、よっこらしょと潜らねばならなかった。俺が通った後で、ロースマイが入ってきて、ぱたんと扉を閉めて鍵をかける。……あれ? シェイスは?
「ここ後宮に通ることのできる男性は、先に述べました、皇帝陛下、大上王陛下、王太子殿下のみでございます。もっとも、あなた様のように特別のお許しを得たお方や、ご幼少のお子様は、その限りではございません」
本来ならばお前などここを通れる身分ではないのだ、と言わんばかりの表情だった。シェイス? そんな男のことなど知ったことではないとばかりに、彼女は、どうぞこちらに、と俺を促しつつ姿勢を正して歩き始めた。
いわゆる後宮の廊下というのは、だだっ広いが、人っ子一人見当たらないという殺風景なものだった。そこを俺とこの老婆の二人が歩いている。何とも言えない光景だ。
その突き当りに、また大きな扉があった。ロースマイはゆっくりと扉を開ける。中はかなり明るいようだ。
……明るいはずだった。そこは壁一面が金色で、そこに極彩色の絵が描かれていた。柱などは真っ赤に塗られていて、光沢が出ている。まさに豪華絢爛と言ってよかった。
廊下は左右にわかれていて、ロースマイは左側を進んだ。相変わらず広い廊下だ。天井も高い。左右には扉があり、部屋らしきものがあるが、よくわからない。壁にはずっと派手な絵が描かれている。
しばらくすると突き当りに、大きな扉が見えてきた。ロースマイはその前で立ち止まると、一呼吸おいて扉をノックした。
「失礼いたします」
彼女はそう言って一礼して扉を開ける。そこには、美々しい衣装をまとった女性が左右に列をなしていた。全員が頭を下げている。その真ん中を彼女は進んでいく。俺も後を追う。
右、左と廊下を進むと、広い場所に出た。何だここはと思っていると、部屋の真ん中に、天蓋付きの大きなベッドが置かれているのが見えた。
「陛下、お連れいたしました」
ロースマイがそう言ってベッドに向かって頭を深々と下げる。陛下、というからには、あそこに大上王陛下がいるのか。だとすれば、俺は片膝をついたほうがいいのか。いや、ベッドに寝ていたら、どうなんだ。そんなことが頭の中でぐるぐる回る。
ベッドからうめき声が聞こえた。中から、ボサボサの白髪頭をした男が出てきた。……何だコイツは。上着は着ているが、下着をつけていない。逸物が……丸見えだ。それに、でけぇ!
のっしのっしと男は歩いてくる。顔は髭面で皴だらけだ。体が……デカい。それに、傷だらけだ。目が大きく剝かれて、化け物のようだ。なぜか汗をかいている。その化け物が俺のすぐそばまでやって来た。
俺もそれなりに身長はある方だが、この大上王は俺よりもはるかに高い。頭一つ抜き出ている。体も締まっていて筋肉質だ。いわゆる、歴戦の戦士と言って過言ではないだろう。
その彼は、ハアハアと荒い呼吸を繰り返しながら、じっと俺を眺め続けている。ややあって彼は、手を伸ばしてきた。何だと思っていると、彼はその手で俺の体をペタペタと触り始めた。
肩、背中、腹、足、そして、股間を掴まれた。思わず体がよじれる。何するんだ!
「フッ、フッ、フッ……ハァッハッハッハ!」
大上王は大きな声で笑った。ロースマイが、陛下、あまり過ごされますとお体にと言っているが、その彼女を彼は片手で制した。そして、そのままベッドまで行き、そこにドカリと腰を下ろした。
「確か、そなたを育てたのは、ジサであったな?」
「……はい」
「大義である。余の若き頃に瓜二つである。ジサに、大義であったと伝えぃ」
「……」
何と答えてよいのかがわからず、俺は固まる。え? 瓜二つ? 冗談だろう。もしそうなら、俺は年を取るとこんな仕上がりになるのか? 勘弁してくれよ……。そんなことを心の中で呟く。大上王は後ろを振り返ると、傍に控えていた女性に向かって、アレを持ってこいと命令した。女性二人がすぐに、枕元に置いてあった剣を手に取り、持ってきた。まるで宝物を扱うように、二人がかりで、しかも手に布を乗せ、その上に剣を置いて、そろりそろりと持ってきた。
「うむ、大義」
大上王はその剣を無造作に手にすると、スッと俺の前に差し出した。
「そなたに、我が剣を授ける。戦場往来五十有余年、常に余の傍にあった剣である。これを、そなたに授ける」
「え、あ、は……」
あまりの迫力に押されて、オドオドしながら剣を受け取る。かなり重い剣かと思っていたが、それほどではなかった。しかもこの剣……なんだ?
気が付くと俺は剣を抜きはらっていた。重さがちょうどいい。刀身もよく手入れされている。何よりこの剣はかなりの強度がある。ちょっとやそっとでは折れない造りだ。それをこれだけバランスよく鍛えているということは、相当の腕を持った職人が作ったのだろう。これは……扱いやすそうだ。もう、俺の手に馴染んでいる。まるで体の一部になったかのようだ。
「ハハハ、危ない、危ない」
大上王が再び立ち上がってこちらにやって来て、剣と鞘を受け取り、剣を納めた。彼は俺に剣を授けながら、
「よい剣であろうが! 大事にいたせ!」
と言って呵々大笑した。
大上王はベッドに戻ると、胸を押さえながら、
「余は満足じゃ! このほどにないほどに、満足じゃ! 大義であった! 下がってよい!」
そう言ってゴロンと横になった。
「ささ、陛下のお体のこともございます。お暇を」
そう言ってロースマイが一礼して踵を返した。俺も一礼して、彼女についていく。
「近いうちにまた、来るがよい!」
背中越しに大上王の声が聞こえたが、俺は何も答えなかった……。




