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大帝の思い

俺の陣所からは何が起きたのかはわからなかった。ただ、もう一度、同じような爆発音が響き渡った。パンという乾いた音だ。俺は兵士に命じて今の音は何であったのかを調査せよと命令する。ただ、火と煙の勢いが強すぎて、調査をしてもわかりませんという報告が返ってきた。自軍の損害はないとのことだったので、そのままにしておくことにした。


シェイスは相変わらず俺を大帝の許にやる気はないらしい。体中から、何としてもそれを止めるという意気込みが現れている。そんな様子を見てオジキが笑いながら窘める。


「おいシェイス。ぼち公、お前ぇもだ。二人ともそう慌てなさんな。もうすぐ大帝から呼び出しがあるだろうよ。それまで、待っていりゃぁいいじゃねぇか」


俺は何とも言えぬ感情を押し殺しながら、席に着いた。


オジキの言う通り、大帝から呼び出したが会ったのは、それからしばらくしてからのことだった。そろそろ夕食をと勧められているのと同じ時間だったが、皆には先に食べてもらい、俺は後で食べると言って、本陣に向かった。もうその頃になると、無風とはいえ、周囲は煙のために視界が悪くなっていた。何とも言えぬ嫌な臭いも漂って来ていた。正直に言えば、エルドライの、丘の上の本陣に行けば、この息苦しさから解放されるのではと思ったからだ。


案の定、本陣は煙の被害も少なく、嫌な臭いもそうはなかった。俺の様子を見た大帝は楽しそうに開口一番、


「どうじゃ。煙に燻される気持ちは?」


と聞いてきた。いいわけがありませんと返すと、彼は呵々大笑した。


「ハッハッハ! そうであろうな。うむ、その通りじゃろうて」


だが、彼はそこまで言うと、真面目な表情に変わった。


「敵は、こんなものではない。もっと濃い煙と臭気に晒されておる。耐えられると思うか?」


「無理だと考えます」


「そうだろうな。その通りじゃ。程なくして、敵は降伏の使者を寄こしてくるであろうよ」


「そう、です、か」


「何じゃ。何か懸念することがあるか」


「これだけ濃い煙に包まれています。すでに視界が悪くなってきています。これを利用して、敵が攻撃に移ることも考えられます。油断は禁物かと」


「ホッ、ホホホホホホホ。面白いことを言う。そうじゃな。そなたの父、トルシルエであれば、そう考えることだろう。親子だな。だが、その心配は杞憂に終わろうぞ。考えてもみよ。敵はそなたらのところよりもさらに濃い煙に包まれておるのだ。城門にたどり着くまでが困難であるし、我らの位置を把握するだけでも大いに苦労することだろう。それに、攻撃に移ろうにも、目や鼻、喉が痛んでそれどころではあるまい。ホホホホホ」


……何だろうな。何かバカにされている感じがする。これまでこのジイさんはそうした態度を取ることが割と多かったし、そのときは別に腹も立たなかったのだが、何故かこのときだけは、腹が立った。


「それでも……。地を這いながら進むことはできます。煙は上に上にと上昇します。地面近くであれば、比較的視界も確保でき、目や目の痛みも軽減されると考えます。また、顔に布を巻いて口や鼻を覆えば、大帝陛下の考えの裏をかくことはできるかと存じます」


「こ……これ、婿殿。言葉が過ぎようぞ」


側にいた皇帝が慌てた顔で窘めてきた。確かに、ちょっと言いすぎたかもしれない。これは言いすぎましたと言おうとしたそのとき、大帝が口を開いた。


「……やはり、そなたをここに呼んだのは間違いではなかったな。なるほど、確かに、敵にもそなたのような男がいるとするならば、この状況を味方に奇襲攻撃をかけてくる可能性は否定できぬ。よく言ってくれた。誰ぞある! 敵の攻撃があるやもしれぬ。十分に注意せよと厳命を出せ」


ハハッという声と共に、周囲がバタバタと慌ただしくなった。大帝はその様子を満足げに眺めながら、皇帝に向き直った。


「余が、そなたに、求めているのは、こういうことだ。わかるか」


「ははっ」


「いや、お前はなぁんにもわかっておらぬ。なんにも、な」


「……」


「ただ、これから先の世は、お前のような者がふさわしいのかもしれぬ。皇帝がすべてを決断し、命令するというのは、儂の代で終わりだ。これから先は、儂亡きあとは、老臣たちの意見を取り入れながら政治を行うのだ」


「……」


「皇帝という位は、形式的なものだけになる。言わば、お飾りも同然となる。余はそんな生活には耐えられぬが、お前は耐えられそうだ。むしろ、その境遇を粛々と受け入れることができるだろう」


「恐れながら、私は、私の理想とする国がございます。父上の理想とする国を、私も作りたく存じます」


「ああ、作ればよい作ればよい。その知恵はすべて、老臣たちが授けてくれよう。お前の代はそれでいいだろう。もっと先になると、老臣たちではなく、その者たちの家来が国の行く末を決めるだろう。そうやって、国はゆっくりと腐敗し、弱体化していく」


「……」


「まあ、余のこの予想が外れることを願っておるぞ」


そう言って彼は目を見開いて皇帝の顔を見た……。

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