火攻め煙攻め
サウズはそう言うと、ブライアル軍につきましては、少々お待ちくださいと言って、再び俺たちのもとを去っていった。
「……焼き払え、と言っていましたね」
「ああ。大帝らしいやな」
オジキがそう言って鼻を鳴らしている。そんなことをして何になるのだと言う俺に、シェイスが口を開いた。
「おそらく大帝陛下は、トリデリアという国自体を消し去ろうとしているのではないかと愚考します」
「国自体を消し去る?」
「はい。まずは手始めにあの王都をすべて消し去ろうとするおつもりではないかと」
「そんなことをして何になるのだ」
「おそらく、諸国に対する見せしめと、あとは、大帝陛下の個人的な遺恨もあろうかと存じます」
「遺恨?」
「大帝陛下のお父上は、先代のトリデリア王によって殺されています」
「それはいつの話だ?」
「ざっと、五十年以上前かと」
「五十年間もずっと憎しみを忘れずに来た、ということか。恐ろしい執念だなぁ」
「人とはそういうものです。傷つけた側は忘れても、傷つけられた側はそれを生涯覚えている。そういうものではないかと」
「そうだ、な」
「これからが、大変ですよ」
親父が静かに口を開く。皆の視線が彼に集まる。
「エルドライは今回の戦いで多くの人の命を奪いました。しかも、命を奪う必要のない人も傷つけています。我々は単に命令されて戦いに参加しただけ、戦闘に参加しただけであると考えますが、敵側から見ると、我々も立派な憎しみの対象になるでしょう。それでなくとも、皇帝の娘を一時とはいえ、正妃に迎えている国です。厳しい目が注がれると思っていなければいけません」
……ああ、そういうものなのか、と思わず遠い目をする。ふと、シェイスとオジキに視線を向けてみるが、二人とも一様に頷いている。えらいことになりそうだ。
「あとは陛下、この戦いの後のことも、頭に入れておかねばなりません」
「なんだよ、まだあるのかよ」
「はい。わが軍はこの戦いにおいてほとんど戦闘に参加しておりません。確かに、突撃隊の攻撃は受けましたが、被害は軽微です。その他の軍勢をよくご覧いただければわかるかと存じますが、ある国は昼夜を問わぬ土木工事に駆り出され、ある国は、突撃隊の攻撃をまともに食らい、ある国は総攻撃に駆り出されております。その彼らから見れば、我らは何をしているのだということになります。この戦いはおそらく、我らの勝ちとなりましょう。ただ、本当の戦いは、その後ということになることを、陛下は心に強くおとどめ下さい」
シェイスの顔が真剣なそれに変わっている。俺はただ、無言のまま頷くほかなかった。
ややあって、城壁の中から幾筋もの煙が立ち上ってきた。と同時に、攻撃部隊が続々と出てきた。ざわざわと騒がしい。何やら叫んでいる者もいるようだ。火を放ったことによって、何だか変な感覚に囚われているようだ。
徐々に煙は強くなり、それがまるで王都全体を舐めるように蠢いている。何とも言えぬ光景だ。しばらくすると、火の勢いが増しているのか、火柱が見えるようになってきた。前衛の部隊は火矢隊を前に出して、皿に攻撃を加えている。炎を纏った夥しい弓矢が煙の中に吸い込まれていく。すでに王都は見えなくなっていた。
「……凄まじい光景だね」
親父が何とも言えぬ表情で口を開く。俺も無言で頷く。
「これ……。無風だからいいものの、風が強くて方向がこちらに向いていれば、我々がいぶりだされるところですよ。大帝は、ここまで計算してこの作戦を命じたのでしょうか。だとしたら、とんでもない大将ですよ」
そう言って首を左右に振る。すでに煙は巨大な柱のようになって天に吸い込まれている。
「……これ、王都の中の人々は、どうなっているのでしょう」
「そりゃお前ぇ、蒸し焼き状態だぁな。中心付近は知らねぇが、呼吸をするのも苦しいんじゃねぇか」
「おそらく、城壁の外は火の海です。攻撃をしようにも出ていくことは難しいでしょう。敵は……この人煙が治まるのを待つしかありますまい」
シェイスがそう言ってため息をつく。
その話を聞いて俺は、大帝はこの攻撃は何かの狙いではないかと考え始めていた。火と煙でいぶりだされた敵は和議を申し込んでくる。それを受け入れると言って城門を開かせる。その隙に兵士たちがなだれ込み、王都を火の海とする……そんなことを考えているのではないかと思うようになった。さすがにそれはダメだろう。人の恨みを買いすぎる。それだけはやらせてはいけない。直感的にそう思った俺は、大帝の許に行ってくると言ったが、それはシェイスに止められた。
「なぜだ。何故止める」
「恐れながら陛下は、大帝陛下に呼ばれておりません」
「呼ばれていないのにいっては悪いのか!」
「今は戦いの最中です。戦闘中に指揮官が持ち場を離れるのは、敵前逃亡とみなされる可能性があります」
「何でそうなる!」
そのとき、王都の方向から爆発音が聞こえてきた……。




