大帝、絶望する
エルドライの本陣に向かうと、大帝が椅子に座ってグッタリとしていた。見ると、体を包帯でグルグル巻きにされている。一体どうしたのかと聞くと、大帝はニコリと笑ってヒラヒラと手を振った。
「いやなに、一旦引くのに馬に乗ろうとして、落馬したのよ。いや、年は取りたくはないものだ」
「ご無事で、何よりです」
傍に控えていた皇帝が、そう言って頭を下げる。その彼に向かって大帝は、
「戦いは、何が起こるかがわからぬ。こういうこともある。よく覚えておけ。逆に、相手の裏をかけば、このくらいのこともできるということだ。これも、覚えておけ」
と言って目を閉じた。疲労の影が濃い。そんな彼に皇帝は、承知しましたと言いながら、心配そうな表情を浮かべている。
「サウズ」
「はっ」
目を閉じたまま大帝はサウズの名を呼んだ。彼はそのまま、
「ユアザライの、ブライアルの戦いはいかがであった」
と聞いた。サウズは一瞬俺に視線を向けて、言葉を飲み込んだ。
「構わん。申せ」
「ハッ。恐れながら、見事の一言に尽きました」
「ふぅん?」
大帝はそう言って目を開けた。不思議そうな表情を浮かべている。
「いつも辛口の批評をするそなたが……珍しいの。どういうことじゃ、話せ」
「ははっ。まずは、兵士の動揺を一言で収められました。私が何度叫んでも、それはかなわなかったことでございます」
「……ほう」
「さらには、方陣を張りました際、馬上で一切の身動きをなさいませんでした」
「なるほど、な」
……一体何を誉めているのだ。兵の動揺が収まったのは、ただ、俺の声が大きかったからだ。方陣を張っている最中は、身動きが取れなかったからだ。それ以上でも、それ以下でもない。
ただ、大帝の表情が何とも言えぬ、苦虫を噛み潰したようなものに変わっている。イヤな顔だ。
「やはりそなたは、トルシルエの息子なのじゃな」
大帝はそう言うと、天を仰いで大きく息を吐いた。
「さて、ユアザライ。そなたを呼んだのはほかでもない。今後の戦いの進め方について、話をしたい。そのまえに、どうじゃサウズ。そなたが総大将であれば、あの城をどう攻める」
「私は、軍勢の指揮を執ったことはございません」
「知っておる。そのうえで聞いておるのじゃ」
「……水の手は断たれております。このまま囲んでいれば、敵は必ず城壁の外に出てまいりましょう。そのときをもって、総攻撃をかければよろしいかと存じます」
「なるほどな。そなたは?」
大帝はそう言って皇帝の顔を見る。彼はシャンと背筋を伸ばして口を開いた。
「こちらから、和議を提案すればよろしかろうと存じます」
「和議、とな。なんだ、そなたは、われらに負けを認めろというのか」
「なにも負けを認めるということではございません。我らは十分に敵に被害を与えました。我らの力は敵に十分に知らしめることができたと考えます。ここでいったん和議を結べば、停戦となれば、父上は慈悲深い名君として後世まで語り継がれることと存じます」
「そう、か。余の名声が、後世まで、の」
「はっ。ここで無駄に血を流すよりも、ここで一旦停戦というのが、最善の策と心得ます」
「では聞くが、停戦に際して、敵に求めるものはなんじゃ」
「領土の割譲でございます」
「うん。割譲な。して、どれほど割譲させる?」
「国の半分を、われらに割譲させます」
「国の半分、か。なぜに半分とした?」
「それは……。それであれば、相手は条件を飲むと考えました」
「それを飲まなんだ場合は?」
「そのときは、相手の要望を聞きつつ、落としどころを探ります」
「左様か。うむ。わかった」
大帝はそう言うと、再び天を仰ぎ、大きなため息をついた。
「……」
うつろな目で彼はあらぬ方向に視線を泳がせている。大丈夫なのだろうか。本当に体調が悪そうだ。
「なるほどな。お前たちの策はある意味では当を得たものであるといえる。ただ、どうじゃろうな。敵は、我らをどう見ておるだろうな」
「もし、父上が我らの作戦をお気に召さねば、父上の気に入る作戦を我らにお命じくださればよろしいのです」
皇帝の一言に、大帝の顔に徐々に赤みがさしてきていた。これは……憤怒の表情、だろうか。
「そ、う、じゃ、な。そなたの、言う、通り、じゃ」
……明らかに怒っている。気持ちはわからなくはない。この老人は不安なのだ。自分の死後、エルドライという国が続いていくかどうかが不安なのだ。だから、息子にいろいろと尋ねるのだ。だが、親の心子知らず、というべきか、大帝の望む答えが返ってこない。彼の不安と怒りと絶望は、俺には理解できる。
「ユアザライはどうじゃ」
俺に視線を向けている。やっぱり来たか。逃がしてはくれなかった。ただ、このままでは、大帝と皇帝との間に深い亀裂が入る可能性がある。それはそれで面倒くさい展開になりそうな気がする。本心はサウズと同意見だが、ここは俺がブッ飛んだ意見を言って大帝の怒りをこちらに向けて、親子の間を取り持つのが得策なのではないか。
そう考えた俺は、腹を決めて、口を開いた……。




