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王都へ

家の前には豪華な馬車が停まっていた。一体いつ、こんな大きな馬車がやって来たのか、俺にはまったくわからなかった。これだけの大きさだ、それなりの音もするだろうし、馬の嘶く声が聞こえてきてもおかしくない。まるで、何か別の世界に迷い込んだような、不思議な感覚に囚われ始めていた。


馬車の前には御者だろうか。美々しい衣服に身を包んだ男が扉を開けて待っていた。頭を下げていて俺を見ようともしない。シェイスとクレストがその隣に並び、片膝をついて頭を下げた。俺は促されるままに馬車に乗り込んだ。と同時に、扉が静かに閉められる。


腰を下ろすと、体が沈むのではないかと思うくらいにクッションが効いていた。どやどやと人々の足音が聞こえたなと思うと、馬車はゆっくりと動き出した。


窓の外を見ると、家の外には誰もいなかった。夕日に照らされた、いつも見慣れた俺の家がそこにあった。初めて母が泣いた姿を見たせいか、心が全く落ち着かない。動き出した馬車の車窓からは村々の家が通り過ぎていく。オタケさんの家、テルさんの家……。そうした光景を見ながら、やっぱり、俺の住む場所は、家はここだ。これは何かの間違いだ。すぐに戻ってくるのだ。俺は心の中で強く思った。


ユアザライ村からヤマドの町までは長く緩やかな坂が続く。ただし、整備されていないため、馬車は折に触れて大きく揺れた。場合によっては体が跳ね上がるような、突き上げられるような衝撃が来ることもあった。ただ、このクッションが効いていたためか、ダメージ自体はそうなく、俺はこんな椅子を作る職人はえらいものだなと妙に感心してしまった。


夜の帳が降り始めていたので、てっきりここで停まるのではないかと思っていたのだが、馬車はそのまま進み始めた。ここの坂を上がると、妹・メイルの家がある。メイルはどうしているだろうか、と心配になる。


人通りも少なかったせいか、程なくして馬車は街を出た。すると突然スピードを上げ始めた。これが結構揺れて、オイオイ大丈夫か、この馬車が砕けはしまいかと心配になる。ただ、ヤマドの町から王都までは徒歩で三日かかる距離だ。馬でも二日かかる。飛ばせば一日で来ることができるだろうが、そんなことは滅多にあることではない。それほど彼らは王都に急いでいるということになる。だとすれば、王都で一体何があったというのか。


「お兄ちゃんは、お父さんとお母さんのいいとこ取り。私は二人の悪いとこ取り」


幼いころ、妹のメイルがそんなことを言っていたのをふと思い出した。確かに、俺と親父は似ていない。顔つきも体つきも、全然似ていない。だから俺はてっきり、母親に似たと思っていたのだ。メイルはどちらかというと親父に似ている。小柄で童顔だ。さすがに子供と間違われることはないが、十六歳には見えない。もう、結婚していますと言うと、驚く人もいるくらいだ。


そう言えば、メイルの夫であるクレストはどうしてあの場にいたのだろうか。シェイスの弟だと言っていたが、そんな兄がいるなど聞いたことがなかった。メイルと結婚するときに、天涯孤独と言っていたじゃないか。もしかして、ずっとあの男は俺たち家族の動向を探っていたのだろうか。そう考えると、何とも言えない不気味さを感じるし、同時に、怒りすら覚える。


妹はこのことを知っているのか。いや、知っていたら、いの一番に知らせに来るはずだ。何の音沙汰もないと言うことは、もしかすると、メイルは殺されてしまっているのか。そんな考えが頭をよぎるが、それはないはずだ。これでも相手の強さを把握する能力はあると自負している。クレストとメイルでは、圧倒的にメイルの方が強い。まともにやりあって負ける要素はない。それにあの目端の利く妹だ。何か自分に危機が迫っていれば、すぐに身を隠すだろう。あれに限って、易々と殺されるようなことはないだろう。


それにしても、俺が国王の息子というのは、まったく現実味がない。だとしたらどうして王宮の中で育てられなかったのか。親父やおふくろの許で、ユアザライ村で育ったのか。どう考えても話がつながらない。夢かと思うが、どうもそうではないらしい。


国王だとか王族というのは、そういう存在があるのは知っていたが、完全に別の世界だと思っていた。実際俺は国王に会ったこともないし、王族も見たことはない。親父やおふくろは知っているのだろうが、そうしたことを二人ともあまり語らなかった。子供の頃に王宮ってどんなところ? と聞いたことはあったが、二人とも口を揃えて、まあ、キレイなところだけれど、それだけで、人が住むところではないと言っていた。それ以上俺は何も聞かなかったし、二人ともそれ以上何かを言うことはなかったので、そのままになっていた。いつしか俺は、国王や王族などという存在とは死ぬまで関わることはないと勝手に決め込んでいたのだが、まさか、自分がそんな扱いを受けるとは思ってもみなかった。


……いや、でも、と心の中で呟く。強烈に家に帰りたくなった。今すぐ家に帰りたかった。両親に会いたかった。やっぱり、俺の家は、家族は、ユアザライ村の、あそこなのだ。


王都で何を言われるのか、どんなことになるのかは知らない。王太子に指名されたとか言っていたが、それは断ればいい話だ。そうだ、断って、俺は村に帰ろう。村に、帰るのだ。


俺は改めてそう固く決意した。だが、このときの俺はまだ知らなかった。もう二度と、あの家に帰ることはないのだということを……。

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