長陣
トリデリアからは何の動きもなく、十日間が過ぎた。エルドライの皇帝や大帝からはあれ以来何も言ってくることはなく、ただ、漫然とした日々が過ぎていった。すでに俺は少しこの状況に飽きがき始めている。一体いつ終わるともなく、ただじっと王都を囲んでいるという作業は、思いのほか精神的に疲れるのだ。
毎朝幕僚たちを集めて開いている軍議も、すでに形骸化しつつある。現状報告をするが、昨日と全く変わらない。新たな動きもない。国王様、何かございますかと聞かれるが、特にすることもないので、よきにはからえと返事をして軍議は終了してしまう。
もちろん、気を抜いてはいけないことは認識している。油断していると、必ず敵はそこにつけ込んでくるからだ。ただ、今の状況を考えると、囲んでいる方よりも、囲まれている方が精神的疲れは少ないのではないか、などとおかしなことを考えてしまう。敵のスキを目を皿に用にして探していれば、時間の立つのを忘れるだろう、などと考えてしまう。
川の流れを変える工事は、進捗しているとも停滞しているとも、なんの報告もなかった。工事をしているらしい雰囲気すら感じられない。北側に陣を強いている軍勢はここからは見えないが、西側の軍勢の一部はここから見ることはできるが、まったく動きらしいものは見られない。本当に工事をしているのかさえ怪しい状況だ。
その状況が変わったのは、それから四日経った頃だった。軍議を開いていると、川の水位が目に見えて下がってきているという報告があった。今は渇水の時期だ。それが原因だろうと幕僚の一人は言っていたが、俺にはそうは思えなかった。
翌日はさらに川が干上がっているらしく、つい二日前まで水が流れていたにもかかわらず、今は所々に水たまりができている程度になっているという。これで川が堀の役目を果たすことはできなくなったということで、幕僚たちは意気が上がっていたが、だからと言って、あの高い城壁を超えらえるわけではないので、堀がなくなったことに関しては、あまり関係がない。
ただ、これで大帝の狙い通り、トリデリアの水の手を断ったことになる。城内ではどの程度の水を備蓄しているのだろうか。その量にもよるだろうが、王都の人口を考えれば、そう長くはもたない気がする。城中に井戸はあるのだろうか。ないことはないだろうが、あの大帝のことだ。どのくらいでその水を飲みつくすかくらいのことはちゃんと計算していることだろう。その話をすると親父は、
「戦いは近いですよ。少なくとも、我々は気を抜いてはいけません」
と言って顔を引き締めた。どのくらいで水が枯れますかという俺の問いかけに、親父は一週間と答えた。俺はひと月程度と予想していて、まさかそんなに早くはなくなりはすまいとは思ったが、親父は確信をもって答えていた。
その日を境に、エルドライの陣には大量の水が運び込まれるようになった。これはこれでありがたいのだが、とにかく大きな桶を大量に荷車に積んで毎日届けてくれる兵士が、実に大変そうだ。その様子を見て気の毒だと言った俺に、幕僚の一人は、水がなくては我々も渇き死にをしますから、このくらいのことはしてもらって当然ですと言っていた。
それから五日が経った。そろそろ、親父の言っていた一週間に迫っていたが、やはりトリデリアの王都からは何の動きもない。城壁の上には兵士が歩哨に立っているのが見えるらしいが、その彼らにも変わったところはないのだと言う。やはり、俺の予想した通り、ひと月くらいはかかるのではと思っていたそのとき、俺は大帝に呼ばれた。
夜。陽が落ちてから来いということだったので、その時間に合わせて本陣に赴く。大帝はすでに鎧を脱いで、今からすぐにでも寝るかのような寛いだ格好をしている。皇帝の姿はなかった。大帝と二人きりになってしまった。
「どうじゃ」
用意された席に着くなり、そんなことを聞いてきた。特に問題ありませんと言うと彼は、フン、と鼻を鳴らして、顎髭を撫でた。
「儂が聞いておるのは、オナゴのことよ。誰ぞ、呼んだのか」
……その話かい、と心の中でツッコミを入れる。別にいいじゃないの、俺が何をしようと、アナタに迷惑をかけているわけではないでしょうと心の中で呟きながら、いいえ、まだ、と返事をする。
「ふぅん」
さもつまらないと言わんばかりの表情を浮かべている。そんなことを聞くために俺を呼んだのか。よほど暇なのだな、このジイさん。
「もう、陣を張って半月を過ぎようとしておるが、それでもそなたは、女子を呼ばんのか」
「ええ、まあ」
「倅と同じじゃなぁ」
そう言って彼は感嘆の声を上げた。
「余は無理だ。一日足りと女子の肌に触れておらねばもたぬ。倅といいそなたといい、なぜに禁欲ができるのだろうか。他の王たちを見てみぃ。近隣の町や村から女性を集めておるわ。中には、かどわかし同然で女性を連れて来ている者もいる。そんな中で、女性に手を付けておらぬのは、倅とそなただけじゃ。どうなっておるのじゃ」
……そりゃ、フィリアを愛しているからだと言いたかったが、さすがにその言葉は飲み込んだ。




