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この作戦、危険につき

親父は静かに口を開く。


「水の手を断つのでしょう。ということは、あの王都にいる人々は渇きに苛まれることになります。シェンさん、あなたにも経験があるでしょうが、人は喉がカラカラに乾ききると、見境なく水を求めることになります」


……確かに、経験がある。まだ少年時代だったが、山に山菜を採りに行ったとき、道に迷ってしまって山中をさ迷ったことがあった。夏の暑いときで、喉がからからに乾いてしまった。必死で水を求めて歩き続けたが、それでもどこにも見当たらない。あのときの俺は、泥水でも平気で飲んだだろう。いよいよ現代だと思ったそのときに、水が流れる音を聞いた。必死でその音をたどりながら歩いて行くと、川に出た。もう、何もかもを忘れて水を飲んだのを懐かしく思い出す。あのときの水は確かに美味かった。


そんな俺の様子を眺めながら、親父はさらに言葉を続ける。


「大帝は水の手を断ったのちに、敵を都からおびき出すと言っているようですが、限界まで渇きに苦しんだ者たちは、死を恐れぬ修羅となります。そんな者たちを相手にするのは、至難の業ですよ」


全員が黙り込む。俺を含めてそこにいる全員が、限界に近い渇きを経験したことがあるのだろう。親父の言う意味が、何となくわかっているようだった。


「まあ、この戦いで一番理想的であるのは、川の流れが変えられてしまうと知った敵が、都を出て戦ってくれることです。ただ、敵もバカではありませんからね……最悪の状況にならなければよいのですが」


「……お父さん、その最悪の状況というのは?」


「かの国の国王や指揮官たちは水を飲んでいる一方で、王都に住まう民や一兵卒らに水を与えず限界まで渇きに苦しませた挙句、王都から脱出させる、という状況です。その際に、敵軍にはふんだんに水はあると喧伝しておけば、彼らは見境なく我々を襲うことになります。凄まじい戦いを覚悟せねばなりません」


「……」


「そう、ならないように、祈るのみですね」


親父はそう言って寂しそうに笑った。


その夜、俺は皇帝の陣に伺候した。彼は寂しそうな笑みを浮かべながら俺を出迎えた。


「いやなに、父上のあのような醜態を見たので、さぞ肝をつぶされたと思ってな」


彼はそう言いながら俺に用意された椅子に座るように促した。失礼しますと言って腰を掛ける。


「余はできれば、この戦いは穏便に収めたい。どうにかして、トリデリアから和議を持ちかけてもらいたいと思っているのだ。ひとたび戦端が開かれてしまえば、多くの者たちが命を落とすことになるだろう。そうならぬようにこの都を囲んで敵の降伏を促すつもりであったが……。父上は、かの国の民を皆殺しにするおつもりだ」


「……」


「婿殿、貴殿は余と違って軍才があるようだ。父上が認めたその才覚をもって、この戦いを穏便に収める策は、ないものだろうか」


……何と優しい人なのだろうと、俺は心の中で唸っていた。戦いの最中であるにもかかわらず、敵国の民のことを心配する王など、聞いたことがない。


「陛下、お気持ちはよくわかります。ただ……私には、その策は今のところ思い浮かびません」


「そう、か……」


俺は気の毒になってしまい、策が思い浮かんだらまた、報告に参りますというと、幾分か安心した表情を見せた。ところで、大帝はと聞くと、すでに女性と同衾に及んでいるという。すげぇなと心の中で驚いていると、彼はゆっくりと首を左右に振った。


「すでに、父上の男としての役割は終えてしまわれておる。それでも、何とかして奮い立たそうとなされている。そこまでする理由が余にはまったくわからぬ。聞けば、裸にした女性を侍らせて、呆けたように体中を嘗め回しておるそうだ。そうすることで、自らの若さを保てると信じているらしい。こう申しては何だが、召された女性が、余には哀れに思えてならぬ……」


……何とも気味の悪い話だなと思いつつ、頭を下げて控える。そうしておいて皇帝は、父上の申された作戦は、できるだけ他言無用にしてくれと頼まれてしまった。


だが、日が経つにつれて工事は進んでいるようで、このブライアルの陣にも、どうやら北と西の山で大規模な工事が行われているらしいという噂が聞かれるようになった。軍監のサウズは白々しく、知らぬ、存ぜぬと言っているが、彼は知っているだろう。何ともイヤな男だ。


わが軍にも情報が洩れているということは、当然敵側も知っていると見ていいだろうが、トリデリアからは何の反応はなく、ただ、籠城を続けるのみだった。


「トリデリアの狙いは何なのだろうね」


何とはなしに、側にいたシェイスに話しかける。彼は冷静沈着の表情のまま口を開く。


「おそらく、エルドライの殲滅を狙っているのでしょう」


「やはり、か」


「はい。古来より籠城というのは、援軍が来る場合に効果があるとされています。今のトリデリアには援軍の見込みはありません。となれば、狙いはただ一つ……」


「何とかして、大帝と皇帝の首を獲ろう、というつもりか……」


俺はゆっくりとため息をついた。

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