作戦の詳細
皇帝はその様子を見ながら、何とも言えぬ複雑な表情を浮かべている。もしかして、俺をこの場に交えたのは、大帝の思いを彼に伝えるためなのだろうと確信した。幸か不幸か、大帝の言うことに俺は一定の理解ができる。対して皇帝は、実の父とは言え、彼の狙い、考えが彼には伝わらない。それをかみ砕いて説明する、さらには、大帝の死後、皇帝にその考えを伝える役目を担わせるというのが目的なのだろう。
それは翻って、俺がエルドライから離れないようにするためではないか、という考えも沸き上がってくる。彼は力で俺を縛るのではなく、情で縛ろうとしているのではないか。これまで俺と皇帝とのやり取りを聞いたり、報告させたりする中で、息子の性格と俺の性格を分析して、これが一番効果的なのだという答えを出したのではないか。もしそうだとしたら、それは当たらずとも遠からずというところだ。
大帝は確かに、胡散臭い。平気でうそをつくだろうと思わせる雰囲気を纏っている。ただ、この男のすごいところは、そうであっても、その話を信じてしまう、信じさせてしまうところにある。これはなかなかやろうとしてできることではない。その巧みな話術人心掌握術で、この人はここまでのし上がったのだろう。
「さてさて、作戦の詳細をお前たちに伝えておらなんだな」
大帝はそう言うと、機嫌のよさそうな笑みを俺たちに向けた。
「ここじゃ。この北側と東側に展開させておる軍勢を使って、川の流れを変える」
「川の流れを、変える?」
「そうじゃ。この山の中腹には、湖がある。ここがいわゆる、この国の水がめよ。そこから流れ出る川をせき止めて、別の流れを作る」
大帝はそう言うと、指で地図をなぞりだした。
「ここに水路を通して、北側に向きを変える。そうしておいて、この川と合流させる」
……言うは易しだが、それをやるには途方もない時間がかかる。と、大帝はさらに言葉を続ける。
「貴様ら、余の言うことが大言壮語であると思っておるな? 貴様らがいかんのはそこだ。すぐにできぬ理由を探そうとする。できぬ、のではなく、どうやったらできるかを考えるのだ」
彼はホホホと笑うと、満足そうに頷く。
「考えてもみよ。なぜ、余が王都の北側と西側の山に軍勢を展開させておるのかを。奴らは戦闘要員ではない。あくまで、土木工事の人夫よ。この軍勢を投入することによって、朝夕を分かたずに突貫工事を行って、水の手を断つ。数万の男たちが働くのだ。そう時間はかかるまいよ。水の手を断ったら、あとはトリデリアが音を上げるのを待つだけじゃ」
「ち、父上……お言葉ながら、もし敵がその動きを察知して、軍勢を繰り出して来たら、どうなさいます」
「知れたこと。そのときは、東側に展開した軍勢を投入して、敵の背後を突けばよい。むろん、全軍に敵の襲来、奇襲に注意せよとという触れは出すがな」
「……」
「心配するな。ヤツらは王都に籠っている限り何の問題もないと思い込んでおる。そこが、狙い目だ。まさか、水の手を断たれるなどとは夢にも思ってはおらん。奴らがそれに気づいたときにはすべてが終わっている。あとは、いつ奴らが王都を出て攻撃に移るかじゃ。それさえ把握できれば、わが軍が負けることは、間違ってもない」
「……」
皇帝はゆっくりと俺に視線を向けた。本当に大丈夫かと言っているように見える。彼の気持ちもよくわかる。果たしてそんなに注文通りの展開に行くものか、と考えているのだろう。もし、水の手を断たれることがわかった場合、敵は死に物狂いで攻撃に移るだろう。そうなれば、大乱戦になる。ただ、その点は大帝に抜かりはないように思える。何も全軍を投入する必要はない。川をせき止める。水路を掘る。というだけであれば、数戦の人数で可能だろう。あとは、斥候などが入り込まないように注意をすればいい。そう考えた俺は、心配ないでしょうと心で呟きながら、ゆっくりと頷いた。
「さてユアザライ」
大帝が突然に俺を呼んだ。何だよと思いながら視線を向ける。
「そなた、もし、トリデリア側にいたとすれば、この状況をどう打破する?」
……知らねぇよという言葉が口をついて出そうになるが、必死で飲み込む。逆? 逆の立場に立って考えるの? いろんなことを言ってくるジイさんだなぁ。
ここで、私にはわかりかねますというのは簡単だ。ただ、このジイさんにそうした逃げは通用しない気がする。手を変え品を変えて色々と聞き出そうとしてくるだろう。それでも言わねば、きっと、痛くもない腹を探られ、向けられたくない疑いの目を向けられるのだろう。オジキが大帝や皇帝との話し合いでは一旦持ち帰れと言ったのは、こういう点を踏まえてのことだったのだろう。ただ、直感的にここで逃げるのは悪手であると感じる。であれば、合っていようと間違っていようと、正直に言った方が、この場は収まりそうだ……。
俺はゆっくり息を吐くと、机の地図を覗き込んだ……。




