大帝の七笑い
「ホッ……ホホホホホホホホホ!」
大帝は突然気味の悪い笑い声をあげた。一体どうしたのだと思いつつ、顔が引きつっているのが自分でもわかる。
「ち、父上、お気を確かに!」
皇帝が大帝の体を支えようとするが、彼は面倒くさそうにその手を振り払った。
「ええい! 無用じゃ! いらぬことをするでない!」
「さ、されど……」
「黙れと言うておるのがわからんのか!」
皇帝は悲しそうな顔をして俯いた。そこまで言わなくてもと間に入ろうとしたが、その動きを察知したのか、大帝が手で制した。
「さすがは、トルシルエの息子、と言いたいところじゃが、そなたは、父の才能をはるかに凌駕しておるの。ハッハッハ」
「ど……どうでしょうか」
「隠さんでもよい。謙遜するな。そなたの眼力は大したものよ。余が十年も若ければ、そなたと矛を交えたものを……。年は取りたくはないものじゃな。あ、十年前と言えば、あのトルシルエも生きておるな。ヤツの片腕としてそなたがいる……。これは強敵じゃ。いやいや、儂では叶うまいて! いや、待てよ? そなたがあのトルシルエを抑えられるかの? 敵陣に真っ先に切り込んでいくあの猪騎士は、止められまいよ。ただ……。それを上手に操ることができれば、これはもう、我らは間違いなく勝てぬ。勝てぬ勝てぬ。大敗よ。やはり、余はツイておるな。そなたの不運は、生まれてくるのが遅かったことよ」
大帝はそこまで言うと、クックックと気味の悪い笑い声をあげた。
……このジイさんは、気が狂れたのではないか。
そんなことを思ってしまうほど、彼は狂気を帯びた眼で呵々大笑した。ややあって落ち着きを取り戻した彼は、よろよろとした足取りで机に向かうと、まるで突っ伏すようにして地図を眺めた。
「その通りじゃ。この都の最大の弱点は、水だ。トリデリアの城内に湧き水はない。従って奴らは、川の水を取り込んで飲み水としておる。川に毒を投げ込んで、それで中の者たちを殺そうととも考えたが、それをすると、一時期は敵を殺せるかもしれぬが、やがて毒は薄まってしまう。トリデリアの連中全員の命を危機にさらすためには、強い毒を継続的に流す必要がある。さすがにそれは難しかろう。となれば、だ。川の水を断ってしまえばよい」
そこまで言うと彼はがバッと顔を上げて俺を見た。目に怪しげな光が宿っている。
「その顔はどうやって水の手を断つのか、と聞いておるな。隠さんでもわかる。そこじゃ。この国に広がる幾筋もの川すべての水流を断つなど、できようはずもない。だが、根元を断てばどうなる。根元さえ断てば川の水は干上がる。そうなれば、トリデリアは自落する」
大帝は再びヒヒヒと笑い声をあげた。
「では、根元とはどこか。ここだ。ここの水を断てばよい」
大帝が示した先には、山が描かれていた。
「フッフッフ。ここよここ。この山から流れる水が、この国を潤しておる。ここを、断つ」
「しっ、しかし、しかしですぞ、父上。どうやって水の手を断つというのです! 川をせき止めるのですか? バカな! そんなことはできるはずもありませぬ。父上、しっかりしてくだされ!」
皇帝が必死の形相で大帝に口を開く。彼は一瞬虚を衝かれた様子を見せたが、やがて、ゆっくりと首を左右に振った。
「ここまで申しておるのに、そなたにはわからんのか……。いやはや、どこまでめでたいのだ、そなたは。このまま余が死ねば、この国は終わりじゃな。カッカッカ」
大帝はそう言って自虐的に笑った。その様子は少し寂しそうに見えた。
「安心せい。この度の戦いで、必ずこのトリデリアは滅ぼしてくれる。これは、余が子にしてやれる最後の親らしいことじゃ。トリデリアさえ滅ぼすことができれば、誰も我が国と肩を並べることはできなくなる。我が国に逆らおうなどと考える国はなくなるであろう。儂はな、そなたのために、この老骨に鞭を打って戦場に来ておるのだ」
「ち……父上……」
「これからは世が治まっていく……。そうなれば、戦いしか知らぬ、戦いの中でしか生きていけぬ武人などいらぬようになる。儂然り、況やトルシルエをおいてをや。そう思うからこそ、余はそなたに皇帝の位を継がせたのだ。ただな。世を治めていくためには、王たちの上に立つためには、人格や知識だけでは行かぬのだ。力。圧倒的な力。それが必要なのだ。儂はこの戦いを通してそなたに力を与えていく。これが最後ぞ。余の言いなりになって動くことは。じゃによって、そなたは見事、余の操り人形になってみせい。覚悟を決めよ。儂からどのような命令を下されても、どのような残酷で卑劣な策を授けられたとしても、一切の感情を捨てて操り人形になり切るのだ。心配するな。それをやり遂げさえすれば、すべての批判や憎しみは、余があの世に持って行ってやる。安心してやるのだ。簡単なことだ。アッハッハッハ」
大帝はそう言って、再び呵々大笑した。




