美味しゅうございます。
程なくして、ラリアが篭一杯の卵を持ってきた。と同時に、職員とみられる男たちが二人やって来て、朝食の準備をしだした。俺たち二人だけなのにもかかわらず、サラダ、スープ、パン、そして、いくつかの料理とケーキなどのスイーツ。何でもござれのメニューだった。
俺も親父も呆れてしまった。こんなには食べらないというのが、俺たちの偽らざる本音だ。まさか、ここの職員も一緒に朝食を摂るわけではあるまい。実に無駄なことをしたものだと、少し残念な気持ちになる。
竈には大きな寸胴鍋が置かれて、中にはいっぱいのスープが入っている。どれでも好きなのを選んでくださいとラリアが言ってくる。どうやら、あれ、これ、と希望を言えば、それを皿にとって持ってきてくれるというシステムらしい。
あまりにも豪華で大量の料理を見たので、何だかお腹がいっぱいになってきた。親父も少し困った表情を浮かべている。俺はやおら立ち上がると、竈に向かって歩いて行く。
引き出しの中からフライパンを引っ張り出し、近くに置いてあったバターをその中に入れる。同時に、さらに卵を割って溶いて、熱したフライパンの上で焼く。いわゆるオムレツだ。チャチャッと形を整えて、大きめのものが出来上がった。すぐにもう一度、同じものを作る。さらには、卵一個分の小さなオムレツも拵える。ラリアらは驚いた表情で俺の料理の様を見ている。
無言のまま、小さなオムレツをラリアの前に差し出す。一体俺が何を求めているのかがわからないのか、キョトンとした表情を浮かべている。
「すみませんが、毒見をお願いできますか」
「え?」
「……冗談です。どうぞ、お召し上がりください。朝から、何も食べてらっしゃらないでしょう?」
「いっ、いえ……私は、結構でございます」
「そう言わずに。昨日からずいぶん世話になりましたので、お礼です。お口に合わないかもしれませんが……」
彼女は明らかに動揺し、逡巡した。ただ、俺の圧力を感じたのか、アタフタとしながら、オムレツにフォークを付けた。
とても洗練された所作でそれを切り分け、口の中に含む。スッと目が開かれる。その表情のまま彼女はゆっくりと頷いた。
「お口に合いましたか」
「……美味しゅうございます」
俺はその姿を見届けると、二つの皿を手に取って、席に戻った。せっかくなので、パンとスープ、チーズを溶かした野菜料理をリクエストして、机に並べてもらう。
「おお、シェンさんの卵料理は、久しぶりに食べますね」
親父は喜んでそれを食べてくれた。ただ、塩で味付けしただけの素朴な料理だが、親父はそこにあった料理とと共に完食した。この親父の食事をする姿が俺は好きだ。何でもおいしそうに食べる。対してオフクロは難しそうな表情をして食べる。いつも妹のメイルに怒られていて、不味ければそうした顔をしてもかまわないが、美味しければ美味しいという表情をしてくれと言われている。つい、最近まで、その光景が、当たり前にあったのだ……。
我ながらオムレツは上手に焼けていた。これならばお金を取れるんじゃないかと自画自賛する。そんなことをしていると、甘い香りが鼻をくすぐる。見ると、焼いたパンをはちみつに漬けている料理があった。あれは何ですかと聞くと、エルドライの貴族ではよく食べるのですという答えが返ってきた。試しに食べてみることにする。親父は目を丸くして、お前さんはそんな料理も食べるのかえ? と驚いている。なんだかおいしそうじゃありませんかと言っていると、パンにはちみつがたっぷりと乗り、さらにその上にバターを乗せた状態で運ばれてきた。一口食べてみると、パンが想像以上に柔らかい。甘くてしよっぱいという初めて経験する味だった。これはこれで美味かった。
「美味しかったです。ありがとうございました」
そう言って俺は礼を言って、出発の準備を始めると言った。昨日来ていた服がきちんと洗濯されて持ってこられる。親父の服も同じだ。一晩でここまできれいに、そして乾くものかと驚いてしまう。親父も同じように驚いている。
準備をしていると、オジキとシェイスがやって来た。いつもは口の悪いオジキも、多くの人がいるためか、今日は大人しい。俺の顔を見るや、陛下にあられては、麗しきご尊顔を拝し、恐悦申し上げます、などと難しい言葉で挨拶をしたので、思わず吹き出しそうになった。彼はその足で親父に向き直り、兄さん、おはようございますと言って頭を下げた。親父は、うん、おはようといつものように鷹揚に返事をしていた。
四人ともにすでに準備は整っている。出発はと聞こうとすると、別の扉が開いて、そこからサウズが入ってきた。俺たち四人の前で畏まると、おはようございますと言って頭を下げた。
「それでは、出発致したく存じますが、準備はよろしいでしょうか……。それでは、皆さまには、まずは馬に乗ってご移動を願います」
俺は彼の言葉に、鷹揚に頷いた。




