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扉の向こうに敵が一人……?

用意されたパジャマに着替えて浴室を出ると、ラリアが控えていて、再び俺を案内してくれた。親父は椅子に座ったまま、窓の外に視線を向けていた。だが、真っ暗だ。この人はこの闇の中に何を見ているのだろうと思わせるほど、外を見つめ続けていた。


「お父さん」


声をかけると、ようやくこちらを振り向く。いつもの穏やかな親父の顔だ。


「何か、お飲み物をご用意しましょうか」


ラリアが口を開く。親父はニコリとほほ笑んだだけで、無言のままだ。ああいい、お水だけで十分ですというと、では、お水を足してまいりますと言って、彼女はその場を去っていった。


手で親父に三人いましたというゼスチャーをする。彼は小刻みに頷いている。そうだろう、いただろうと言わんばかりの様子だ。ただ、特に切迫した様子もないので、大きな問題ではないと判断しているのだろう。特にそれから何かがあるわけでもなく、ただ、


「これから……どうするのだえ?」


と聞いてきた。俺は疲れたのでもう休みましょうというと、親父はそうしようと言って立ち上がった。


俺が依然使った寝室は、廊下を少し歩いたところにある。親父の寝室は、すぐ目の前の扉の奥にある。そこがお父さんの寝室ですよと教えてやる。彼は立ち上がると、静かに扉を開けた。


「広い寝室だねぇ」


そう言って鷹揚に驚いている。では、私は先に休ませてもらいますよと言って、彼は扉を閉めた。


さて俺も寝ようと廊下を歩いて寝室に向かう。相変わらず大きくて広いベッドだ。大人三人が悠々と寝られる大きさだ。一人ではもったいないなと思いつつ中に入り、明かりを消して体を横たえる。


……実に静かだった。まったく人の気配がしない、と思いきや、いた。微弱だが、気配を感じる。扉の向こうに一人いる。殺気の類は感じない。ただ、どうやら俺の気配を探っているような雰囲気を感じる。


ならば、と一旦ベッドから降りて、扉に向かうと見せかけて、枕元に置いてあった水を取り、喉に流し込む。外の者は……俺がベッドを降りて歩き始めると距離を取った。やはり、俺の気配を読んでいる。一体何のために? ただ、警備をするためか。だったら、そんな回りくどいことをする必要はないだろうに。


水を飲み終えると、ベッドに戻る。しばらくすると、再び扉の向こうに微弱な気配を感じる。もう、完全にそのモードに入っているので、どんなに弱い気配でも感じることができる。こういっては何だが、上手に気配を消している。メイルくらいのレベルにあるが、敢えて言うと、妹の方が一段上だ。ただ、気配の濃度まではさすがにコントロールはできない。もしそれが自由自在にできるというのであれば、妹よりも上だし、何なら俺をも超えている。


……気になったので、意地悪をすることにした。


ベッドの中で完全に気配を消す。厳密に言うと完全には消せていないのだが、これでもかなり頑張った方だ。そうしておいて、ゆっくりとベッドから出て、抜き足差し足で扉に向かう。これが結構骨が折れる。自分の気配を消しながら、扉の向こうの微弱な気配を感じながらという離れ業をやっている。気配を消すのに、呼吸が乱れてはいけない。一定に整えつつ、ゆっくりと、一歩一歩進んでいく。


扉の前まで来る。音をたてないように細心の注意を払いながらドアノブに手をかける。祈るような気持ちで、音がしないように回す……。


一呼吸おいて、少し力を込めて扉を開けた。


……そこにいたのは、一匹の猫だった。


白い猫がこちらを向いてチョコンと坐っていた。まさか扉が開くとは思っていなかったのだろう。目を見開いて俺を見ている。俺もまさか外にいるのが猫だとは思わずに、その場に立ち尽くしてしまった。どうして猫が紛れ込んでいるのだろうか。どこから入った? いや、ここで飼われてるのか?


不気味なくらいの静寂が流れる。どちらも動くことができなかった。別に動いたら負け、ということはないのだが、でも、どうしても動くことができなかった。思考が、止まる……。


と、猫が脱兎のごとく駆けだした。すぐに角を曲がって姿を消した。追いかけても追いつけないだろうと判断した俺は、ゆっくりと扉を閉め、そのままベッドに入った。


「何だよ、バカバカしい。どうして、猫などがいるかね」


そう言って目を閉じた。人間は全く予想外の光景に出くわすと、思考が止まるのだなと妙に感心してしまった。今さら人を呼んで猫がいました、などと言っても仕方がないし、それを詮索しようとは思わない。エルドライの策略か、とも考えたが、猫をどうやって策略に用いるのか、俺には見当もつかなかった。


それなりに疲れていたのだろうか、知らない間に俺は眠ってしまっていた。だが、俺は知らなかった。部屋の角を曲がったところで、ラリアが控えていて、猫を抱きしめたまま、息を殺していたことを……。

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