三人の監視者
親父は椅子に腰を下ろすと、大きなため息をついた。
「どうしました、お父さん」
「いや、広い浴室だねぇ。ブライアルの王宮も広いと感じたけれど、ここはそれ以上だねぇ。何だか落ち着かなかったよ」
「ああ、確かに広いですよね。落ち着くか落ち着かないかと言えば、ユアザライ村の家と比べると、全然広さが違うので、落ち着かないかもしれませんね」
俺の言葉に、親父は鷹揚に頷く。と、手を動かして、何か俺に伝え始めた。
……要は、浴槽の周囲に人が三人潜んでいてこちらを監視している。少し殺気を放っていて、全然寛げなかった、という内容だった。
確かに、浴槽内では裸になるので、武器の類は持ち込めない。剣などを持ち込めばそれこそ、使えなくなってしまう。まともな修行をしたものであれば、剣は絶対に浴室に持ち込まないし、そんな発想すら起きないことだろう。
親父は少し殺気を感じたという。ということは、隙があれば命を奪いに来るというのか。いや、親父がいらないことを言ったので、ちょっと怒っているだけかもしれない。とはいえ、用心に用心しておいて、越したことはなさそうだ。
親父は用意された水を悠然と飲んでいる。あ、いや、待てよ。ここに案内してきたのは、あの、サウズだった。もしかして、まだここに残って俺たちを監視しているのかもしれない。いや、さすがに殺気は向けないか。彼ほどの腕であれば、殺気を完ぺきに消す訓練は受けているはずだ。
では、なぜ殺気を消さずにおいたのか。単に見張りを担当していた者のミスなのか。それも違う気がする。相手は剣聖・ジサだ。わずかの殺気も見逃す人ではない。本当に親父を殺すのであれば、その点は完璧に出さない者を選ぶのが必須条件だ。ということは、単に親父や俺に対する示威行為という可能性が高い。お前ら、調子に乗るなよ、というところだろうか。
「湯浴みのご準備ができました」
そう言ってラリアがやって来た。促されるままに浴室に向かう。
服を脱いで盥に張られている湯を頭からかぶる。少し熱い。別に我慢できない程ではないが、少し熱めの湯だった。まあ、少しすれば湯は冷めてくるので、大きな問題ではない。体を自分で洗いながら、注意深く気配を探る。……確かに、三人の気配がする。扉の外に一人、そして、壁の向こうに一人、さらには、天井に一人いる。三人ともに殺気は感じないが、うっすらと気配を感じる程度だ。
相当に訓練された三人だ。俺でも集中しなければ感じることのできない程に消された気配だった。何も知らず、何も考えずにここに来てしまえば、そのまま気づかずに過ぎてしまう程のものだ。あ、ということは、前回逗留したときも、この三人が見張っていたのだろうか。あのときは……全然そんなことをは気づかなかったし、気にもしていなかった。……我ながら情けなくなってきた。
ゆっくりと湯を浴び、盥の中に体を沈める。沈めると言っても、下半身だけしか湯には浸かれない。それでも、湯を掬い上げてザバザバと顔を洗う。ふと、この盥が新しいものであることに気づいた。親父が使った後、そのままにはしておかずに、盥を入れ替えたのだ。と、なれば、俺を見張っている三人は、あと片付けの任務も担っているということか。……そんなわけはないか。
と、天井に控えている者が、俺の頭上に移動してきた。何だと思わず上を向く。天井の壁はあるが、何となく、上にいる者と目があった気がした。俺は目を細めてそのまま眺め続ける。
「ああ、明日は、自分で、食事を、拵えて、みるか……」
俺は誰に言うともなく呟く。これも何となくだが、親父が気に入る食事を食べさせたいと思ったのだ。メニューはありあわせのもので何とかしよう。ただ、キッチンを貸してくれるだろうか。それらしきものはあった、そこで調理をすればいいか。必要なものはそのときに頼めばいい。
そんなことを考えていると、天井の気配が消えた。消したのではない。消えたのだ。少し驚いて体が震える。ゆっくり、ではなく、本当に突然消えたのだ。あそこから一瞬で移動した? バカな。できるとは思えない。ということは、完全に気配を消したのだ。だったらどうして最初から気配を消さない? わざわざ集中しなければ感じることのできない程の薄い気配を出したのか。気配を微調整できるだけでも驚異的だが、わざわざそれをする意味が俺にはわからない。……残りの二人の気配は保たれたままだ。一瞬、その二人のどちらかに、天井にいたヤツの気配がいきなり消えたが、どういうことだと聞いてみたくなった。それはそれで面白いな、どんな顔をするだろうと、意地悪なことを考えてしまう。と、自分が笑顔を浮かべていることに気が付いて、いかんいかんと平静に戻る。
……少し湯浴みの時間が長すぎたようだ。のぼせそうになってきたので、上がることにする。それにしても、湯の温度、全然下がらないな。これも何か、仕掛けがあるのだろうか?




