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皇帝、実ハ、最強説

大帝は俺の気持ちなど知ったことではないとばかりに、満足そうに頷いて、そのまま部屋を出て行ってしまった。皇帝はオロオロとしていたが、やがて、細かいことは追って沙汰すると言って立ち上がり、大帝の後を追おうとした。そのとき、大帝が戻ってきた。その拍子に二人はぶつかり、大帝は尻もちをついた。


「ちっ、父上、父上」


目を丸くして起こそうとする皇帝を、彼はうるさそうに払いのける。そのまま立ち上がろうとしたが、腰が抜けているのか、なかなか立ち上がることができない。皇帝が手を差し出して立ち上がらせる。口惜しいのか、大帝は苦々し気な顔をしている。


「ああ、忘れておった。今宵の宿舎は、迎賓館を使うとよい。そなたは、特別じゃ。ラリアが待っておる。今宵は、ラリアに伽をさせよ」


「父上、それは……」


「なぁんじゃ! 余計な口を出すな!」


「しっ、しかし……今は、戦いの最中です。女性を近づけるのはご法度。その中で、ユアザライ殿に伽を勧めるとは……」


「まだ、戦いは始まっておらぬわ! 出陣すらしておらぬ! 側室らに伽を命じて何が悪い。騎士たる者、出陣の前は気持ちが昂るものじゃ。それを女性の温かく、柔らかい肌で落ち着かせようというのじゃ。何分にも理に適っておるではないか! そなたが口を出すことではないわっ!」


大帝はそう言うと、にゅっと首を出して俺に視線を向けて、


「よいか。子を作れ。ああ、たんと作るのじゃ。よいな?」


そう言って彼はバタバタと足を鳴らしてその場を去って行ってしまった。その姿を見送った皇帝は大きくため息をついて、がっくりと肩を落とした。


「婿殿」


「ははっ」


突然婿殿、などと呼ばれて驚いてしまったお陰で体が震えるが、必死で平静を装う。


「父上の話は、話半分に聞いておいてもらいたい」


「承知しました」


「最近、父上はすっかりあちらの方が弱くなってしまわれてな。毎日強壮薬を欲しがってならぬ。婿殿は、房室のことは、好きか?」


どちらかと言えば好きですという言葉を飲み込む。答えに窮していると、皇帝は力なく笑う。


「余は、ああいうことはもうよい。父上の言われるように子供も設けた。嫡男も上げた。この上、何が楽しくてあのようなしんどいことをせねばならぬのか……。余にはさっぱりわからぬ」


ああ、そういう人もいるのだな、と心の中で呟く。俺の中では男というのは野獣だ。常に性的な欲望を持っている。いや、欲望だらけだと言っていい。どうすればモテるか、どうすれば、好きな女性を手に入れられるか、ということを常に考えている生き物だと思っていた。ただ、その欲望を前面に出してしまえば、世間的に非難され、場合によっては制裁の対象となる。だから人は、色々な方法でその欲望をコントロールしようとしてきた。


それは大別して二つある。学問をして知識でそれを抑え込むか、俺たちのように剣術の修行、つまり、体を動かして疲れさせて、その欲望を抑え込む……。とりわけ、これはダンド流だけかもしれないが、できるだけ欲望を外に出さない稽古をする。それは、面を打とう、胴を払おうという気持ちだけではない、ありとあらゆる欲望を出さないという稽古をする。そうしないと、相手に欲望を悟られると、そこを突かれるからだ。だから俺は、欲望というものは、自分の弱点を晒すものだと信じてきた。


だからこそ、俺はフィリアにしかそうした弱点を見せない。彼女ならば、その弱点を突かれて命を落としたとしても、納得できる。だが、目の前の皇帝は、そうした欲望がないと言い切った。これはこれで、相当に手ごわい相手だと俺は感じていた。


確かに、この皇帝は、ギラギラしたところが一つもない。性欲、権勢欲……。そうした者を一切感じない。それがないということは、迷うということがなくなる。つまりは、己の信じた道や信念に従って行動することができると同時に、公平な眼を持つことにつながる。もしかして、大帝が多くの男子の中で、この方を次期皇帝に据えたのは、これから先、戦乱が収束して、世の中が収まっていくことを見越していたからではないか。一見すると、優柔不断な気の弱い男に見えるが、実はこうした人物こそが先の世界を統べるべき男なのではないか。俺は直感的にそう感じた。


「ただ、ぜひ、今宵は迎賓館に宿泊してもらいたい。あそこの者たちはなぜか、婿殿が来るのを心待ちにしておると聞いた。彼らのためにも、顔を見せてやってもらいたい」


彼はそう言うと、にこりと笑って、その場を去っていった。俺はその後ろ姿を眺めながら、タウマがどうしてあの皇帝を愛していたのかがわかったと同時に、きっとあの父のために、父を喜ばそうと、健気にもブライアルに嫁いできたのだろう。そんなことを考えると、少し目頭が熱くなってきた。


「……それでは、ご案内します」


思い出に浸る時間はそれまでだと言わんばかりに、サウズが口を開く。彼はスッと背筋を伸ばすと、さらに言葉を続けた。


「ああ、そうそう。貴国の軍監ですが、私が相努めることになりました。どうぞよろしくお願いいたします」


……は? アンタが軍監? ……これは、何だか、ややこしいことになりそうだ。

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