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対トリデリア戦の陣立て

聞けば、トリデリアの軍勢は籠城を決め込むらしく、国境付近に展開していた軍勢はすべて、王都に撤退したのだという。大帝は、サッと手を挙げると、彼の後ろにスルスルと地図が降りてきた。それはトリデリアの王都の地図だった。彼は指し棒を使って喋り始めた。


「北側にはウシマユ王国を中心とした軍勢三万、東側は、デルトリア帝国を中心とした四万、西側はタルネスク王国を中心とした三万。そうして、余は王都の南側に陣を敷く。ここに、皇帝を中心とした五万の兵を展開させる」


会場内から声にならない声が響き渡る。


よくよく見ると、トリデリアの王都というのは、一目見て攻めにくい場所であるのは見て取れた。まず、北側には大きな川が流れていて、ここを渡るのは容易ではなさそうだった。西側は海が近く、大帝は三万の兵を配置すると言っていたが、一塊で陣を敷くのは難しいだろう。戦線が伸び切る形で展開することになるので、ここもここで防御するのが難しそうだ。東側に目を向けてみると、そこは北から分かれた川がいく筋も描かれている。まるで水郷地帯のような場所だ。四万という大軍を擁しているが、ここを渡り切るのも、相当に骨が折れそうだ。


大帝が陣を敷くと言った南側。ここは平地で開けているように見えた。トリデリアの王都の中で弱点と言える場所だ。まあ、ここに大軍を擁して陣を敷くのは当たり前なのかもしれない。それにしても、総勢十五万というのは驚いた。本当にそれだけの軍勢が集結するのか。それだけの食料が運べるのか、俺は戦いよりも、そちらの方が気になっていた。


大帝は機嫌よさそうな笑みを湛えている。ニコニコと頷きながら席に戻ると、集まった者たちに対して口を開く。


「トリデリアの連中が王都を出て戦うのか、それとも籠城を決め込むのか。それは現地に着いてから決めようぞ。そこからの作戦は追って沙汰する。まずは各王は、国境を越え、決められた場所に軍勢を配置されたい。陣の配置の完了は一週間後とする」


大帝の言葉に、そこにいた全員がハハッと返事をして頭を下げた。


側に控えていたドーイが口を開く。


「ここで一つお知らせがございます。こちらから指名した軍勢には、軍監を付けさせていただきます。夫人に関しては、その者の指示に従っていただきたい。また、不明な点があれば、その者に何なりと相談いただきたい」


彼の言葉が終わるとすぐに、黒い軍服に身を包んだ若い士官が現れて、各王の許に散っていった。ただ、この男は俺の許には来なかった。


軍人たちが自己紹介をしているのだろう。すこし、がやがやと煩い。各王は別に声も上げずに鷹揚に頷いている。それが収まると、


「それでは、今宵はゆるりとお休みください。もちろん、夜間に軍を発することも問題ございません。出陣に関しては、各国の自由といたします」


そう言ってドーイは後ろを振り返り、大帝と皇帝に一礼した。それを受けて二人は立ち上がる。と、大帝がニヤリと笑うと、俺に向かって手まねきをした。一体なんだと思っていると、彼はくるりと踵を返して、皇帝と共にその場を去っていった。それを見届けると、ドーイが我々に一礼して、その場を去っていく。各王が思い思いに立ち上がる。その従者たちが寄ってくる。その場は一気に喧騒に包まれた。


ふと、人の気配を感じた。気配を消してこちらに近づいて来た。見るとそれは、この間俺を大帝の許に案内したサウズという男だった。俺が気づいたときには、彼はすでにすぐ傍まで来ていた。


「さすがでございますね」


彼はそう言って一礼した。


「完全に気配を消して近づいたのですが……。これだけの喧騒の中、それを見破られるとは、やはり、私はユアザライ王様には勝てません」


……別に俺は、あなたと勝負する気はありませんけれど、という言葉を飲み込む。この言葉は単なる謙遜だ。この男は俺が本気を出せば、この程度の奴なら殺せると踏んでいる。何となくだが、俺にはわかる。できるだけ、関わり合いになりたくない人物だ。


「大帝様がお呼びでございます。ご案内いたします」


彼はそう言って再び俺の前で腰を折った。彼が顔を上げた瞬間、その端整な表情が少し崩れた。俺の後ろにはいつしか、シェイス、オジキ、親父の三人が控えていたからだ。当然三人とも気配を消してこちらに向かってきた。彼はそれがわからなかったらしい。きっとこれは、オジキの差し金だろう。悪い人だ。


これだけの喧騒の中であれば、気配を消すのは簡単だろうと思うだろうが、こういうときこそ難しい。説明するのが難しいが、空気が揺れている。気配を消すということは、空気と一体化するということだ。揺れていては一体化できない。きっとオジキは、彼が俺に意識を集中しているのを見て、足を音を消して近づいたのだろう。俺に意識を集中させるあまり、三人の移動に気づかなかった。きっと彼には、三人が完全に気配を消して近づいたように見えただろう。


「うっ、後ろのお三方は、ここでお控え下さい」


彼は必死で言葉を絞り出していた。俺にはわかっていた、後ろでオジキが意地の悪い笑みを浮かべていることを……。

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