思案
「そうやって、私に何をさせるつもりだ」
コハタリアの目が鋭くなっている。ここから先は俺は何も言われていないので、どうしてよいのかがわからない。もう、オジキにすべてを任せる他はない。
「別に何をさせようとは思わねぇ。第一手前は面が割れているだろうが」
「何のために私を助けようとするのだ。さっさと命を奪えばよいではないか」
「別にお前ぇの命なんざ、いつでも奪える。ただな、俺は、お前ぇの腕を買っているのさぁ。殺すにゃ惜しいと思っているンだ。それだけだ」
オジキはそう言って目の前の椅子に坐りなおす。そのとき、後ろに控えていた親父が、腰に差していた短剣をそっと抜き、トリヤロスの前にそっと置いた。
「好きにお使いなさい」
親父は静かにそう言った。部屋の中が何とも言えぬ緊張感に包まれていく。
「国王様と舎弟は、お前さんの命を奪いたくない、と言っている。となれば、あとは進むべき道は三つです。この国から出ていくか、この国に残るか、自ら命を絶つか。お選びなさい。あなたの人生です。あなたが納得する方向にお進みなさい」
その剣を抜いて俺たちを殺すという選択肢があるのではと思ったが、よくよく考えれば親父とオジキがいるのだ。どれだけ暴れようとも、この二人に勝てる者などいない。この選択肢はまず、ありえない。
そんなことを考えていると、オジキがさらに口を開く。
「ま、好きにしねぇな。一日だけ時間をやる。とっくりと考えるんだな。ただし、お前ぇがこの国に残るというんなら、俺ぁ一肌脱ぐぜ。ああ、この兄貴と共に、お前ぇの身柄を守ろうじゃねぇか。ちなみに、だが、この兄貴は誰だか、知っているか」
「……剣聖・ジサ」
「そうよ。俺っちと兄貴でお前ぇを守ろうじゃねぇか。それは、国王陛下もご納得済みだ」
そう言ってオジキは俺の顔を見た。反射的に頷く。
オジキは親父の差し出した剣を手に取り、本人に返す。そうしておいて、皿に盛りつけた肉を差し出した。
「牢獄に戻って食いな。時間が経つと、肉ぁ固くなる。早く食いな」
そう言ってオジキは俺たちを促して部屋を出た。
「……どうなりますか」
俺の問いかけに、オジキはニヤニヤと笑みを浮かべたまま歩いている。
「ま、明日になればわかるってぇもんよ。それまで、ゆっくりと待とうじゃねぇか」
「舎弟」
「何です、兄さん?」
「あの男……生かしておいて、何をさせるつもりだい」
「よくぞ聞いておくんなすった」
オジキは足を止めて、親父に向き直る。
「もし、アイツがこの国に残るといえば、隠密の頭とします」
「隠密の頭、かい? 何だぇそれは?」
「アイツの力を借りて、隠密を育てます。アイツの手下は思った以上の腕を持っていました。そういう男たちをこの国で抱えられれば、エルドライなど、物の数ではなくなります」
「……そうかい。私に手伝えることは、あるかな」
「兄さんには、剣術を教えていただければ」
「まあ、それも、彼がこの国に残る決断をしてから、だね」
「その通りでさぁ」
オジキはそう言って親父の前で深々と腰を折った。
◆ ◆ ◆
トリヤロスは牢獄に連行されると思っていたが、そこは意外にも普通の部屋だった。一体何のためにとは思ったが、そこに連れてきた兵士の一人は、料理が不味くならないためだと言って部屋を後にしていった。
彼はしばらく皿に盛られた肉を眺めていたが、やがてそれを一つまみすると、口の中に放り込んだ。何とも甘辛い味がしたが、前歯のない自分でも、奥歯だけでも十分に嚙み切れるほどの柔らかい肉だった。これなら食べられると、彼は呆然としながら淡々とその料理を口に運ぶ。
敵に捕らわれた男を、あの大帝が許すわけはない。猜疑心の強い大帝様だ。きっと自分がエルドライの秘密を喋っていると思っている。実際はそうでなくとも、それを前提にして物事を考える人だ。常に最悪の状況を想定して物事を進める。そのために、どれほど近しい者であっても、どれほど忠義を尽くした者であっても、大帝が心から信頼を寄せることはない。ただ、そのために、そんな彼の信頼を得ようと家来たちは躍起になるし、自分もその一人だった。大帝様の記憶に残れば、あの国では十分に生きていけるのだ。
別に死ぬのは怖くはなかった。それは、この仕事に就いたときから覚悟はできていた。今すぐ死ねと言われれば死ぬことは造作もない。今の状況では、着ているシャツを破って首に巻き付け、ドアノブを利用して首を括ることもできる。ただ、彼には国に残してきた家族や弟子たちの安否が気になっていた。
そんなことをは意に介さずに自分が命を断てばよいのだと思う反面、今いる家族や弟子たちは、妻・フウミがこの国での工作をしくじって自決したとき、自分の周囲から逃げずに忠誠を誓った者たちばかりだ。そんな彼らを死に追いやることは、彼には到底できないことだった。
彼は、部屋に設えられた椅子に腰かけながら、天を仰いだ……。




