説得
王都への帰路は実に順調だった。兵士たちが事前に町に入っていたおかげもあってか、何もかもが万事行き届いた準備がなされ、俺は悠々と帰国することができた。シェイスには、今回の訪問にかかわった者たちには報奨を与えるように命じておいた。
ただいま、と部屋に戻ると、フィリアがいた。彼女は俺を見るとすぐに駆け寄ってきて抱き着いてきた。
「よく……ご無事でお帰りを……」
そう言って彼女は涙を流してくれた。
久しぶりの再会ということもあって、皆、遠慮してくれたのだろう。けっこう長い時間、フィリアと話をすることができた。エルドライでのこと、皇帝のこと、大帝のこと……。彼女はどの話も興味深そうに頷きながら聞いていた。
しばらくして、親父やお袋、メイルらが入室してきて、おかえりなさい、ご苦労様とねぎらいの言葉をかけてくれる。で、どうだった、と、先ほどフィリアに説明したことをもう一度繰り返す。
「……まあ、ご両親にタウマのことを知らせることができて、よかったね」
親父はそう言って寂しそうに笑った。
旅の話は尽きなかったが、シェイスがやってきて、片膝をついて、恐れながらと言って頭を下げる。わかった、と部屋を出る。その際、
「お父さん、すみませんが、一つ手伝ってほしいことがあります」
と言って出た。親父は不思議そうな表情を浮かべていたが、すぐに俺の後ろをついてきた。俺たちは少し離れた別の部屋に向かう。
中に入るとオジキがいた。その前には、縛られた状態のコハタリアが座っていた。オジキは一人でご機嫌で肉を似ていた。おいしそうな香りが部屋いっぱいに広がっている。
「舎弟、部屋の中で肉を煮ちゃいけないよ」
思わず親父が口を開く。オジキはすました顔で、
「みんな食べていますよ。兄さん、かまいませんよ」
と言っていた。
甘辛い香りがして、少しおなかがすいてきた。オジキは肉を皿に盛り付けると、コハタリアの縄を解いた。彼の表情は変わらない。その彼の前にオジキは肉の入った皿を置いた。
「まあ、食いねぇな」
「……」
彼は何も答えないし、反応も示さない。
「お前ぇも見ていただろう。俺様が料理をする様を。コイツぁ、俺の流派に伝わる大御馳走でな。何か喜びごとがあったときには、これを拵えて食べるのよォ。今日はお前ぇっちの祝いだぁ。歯のねぇお前ぇにも食べられるように柔らかく煮たんだ。賞味してくれぃ」
オジキはそう言って期限のよさそうな笑みを浮かべる。だが、彼は相変わらず無反応のままだ。
「どしたい? お前ぇ、エルドライに帰れるんだぞ。また、お前ぇの大好きな大帝陛下の許に戻れるんだ。うれしくはねぇのかい。そのためにわざわざ国王陛下がここまでお出ましになったんでぇ。今日からお前ぇは晴れて自由の身だ。よかったな」
そう言ってオジキは俺の顔を見た。
「余はそなたを生涯牢獄に閉じ込めておくつもりであったが、宰相殿のたっての願い故、そなたを開放することとした。すぐにエルドライに立ち帰り、宰相殿に礼を申せ」
と彼に伝える。これも、オジキの書いた筋書きだ。すると、コハタリアは小さな声で宰相、と呟いた。
「左様である。大帝陛下はそなたを諦めると言っておいでだったが、その後に宰相殿が余の部屋に訪ねて来られて、何としてもコハタリアを返還願いたいと言って頭を下げたのだ。その様子に余は心を打たれた。よって、そなたをエルドライに返還することとしたのだ。そちの一味の者も同様とする」
「よかったなぁ。俺っちは、お前ぇの腕を見込んでいたんだ。わけあって白刃を交わした間柄だが、俺はお前ぇのような腕のある者をこのままにしちゃ惜しいと思っていたんだぁ。まあ、今回の訪問で、エルドライとブライアルは強固な同盟を結ぶことができた。間違ってもこれから先、お前ぇに我が国をどうにかしろという命令は出されることぁねぇ。安心して国へ帰りねぇ」
オジキの話を聞いているうちに、コハタリアはガタガタと震えだした。
「おい、お前ぇ、どうしたんでぇ」
「大帝陛下は……あきらめる? 宰相殿が、私を? それは……私を見限ったと?」
「見限ったことには、ならねぇだろうが」
「大帝陛下は、あきらめる、と。それは、本当のことか」
「ああ。確かに大帝陛下は余に対して、コハタリアはあきらめる。煮て食うなり焼いて食うなり好きにせよと言われた」
「そん……な……」
「そう落ち込むこともあるめぇがな。これから先、ご奉公次第でいくらでも大帝陛下の信頼は取り戻せる。お前ぇも心を入れ替えてご奉公すりゃ……」
「大帝陛下は、そんな甘いお方ではない」
コハタリアはそう言い切った。彼はゆっくりと首を振る。
「きっと、帰国すれば私は殺される。私だけでなく、私の弟子たちも殺されるだろう。親兄弟親戚……。全員が殺されてしまうだろう。大帝陛下とは、そういうお方だ」
「そいつぁ気の毒な話だぁな」
オジキは少し考える素振りをして、再び口を開く。
「手紙を一本書きねぇ」
「……」
「てめぇ一人がくたばるのは仕方がねぇなとは思うが、てめえの弟子、兄弟までも殺されるとあっちゃぁ、気の毒すぎらぁ。お前ぇよ、この城にとどまって、国王の身辺を探る、と書いて送りねぇな。そうすりゃ、多くの命が助かるし、大帝陛下も見直すってぇもんじゃねぇのかい」
コハタリアは、大きく息を吐いた……。




