エルドライ最後の朝
宰相・ドーイとの会談はそれで終わった。トリデリアの領地をそっくりくれると言う話は、よくよく聞くと、今のブライアル王国との領地と交換とという意味で、劇的に領地が増えるということではなかった。ただ、それでも、その話を受ければ、今の領地よりも1.5倍ほど広くなる。まあ、悪い話ではなかった。
宰相は今すぐ結論を出さなくてもいいと言ってその場を辞した。それはそうだ。もし、トリデリアとの戦いで敗れるようなことがあればその話は水泡に帰すし、変な期待感を今から持たない方がいいに決まっている。
また宰相は去り際に、後添えをもらわないかと提案してきたが、これも丁寧に断った。聞けば、大帝が強く勧めているとのことだったが、皇帝の話では、候補となるのはタウマの妹であるとのことで、彼女よりもさらに幼い子供がやって来ることになる。それはあまりにも可哀そうだ。宰相は姫様と面差しが似ております、などとどうでもいい情報を寄こしてきたが、ただでさえ、タウマを失って俺も親父たちもフィリアも落ち込んでいるところに、わざわざ傷口に塩を塗るような真似をしないでもらいたいというのが俺の本音だった。面差しは似ていてもタウマではない。俺たちが愛した彼女ではないのだ。
ようようのことで宿舎に帰ってくると、ラリアが甲斐甲斐しく出迎えてくれた。相変わらずここの女性たちは人を迎えるプロだなと思わせる振る舞いで、俺は何のストレスもなく時間を過ごすことができた。もう明日にはブライアルに向けて出立するのだ。ヤレヤレ帰れるという安心感と、ここの居心地の良さから、あと数日滞在してもいいななどと思う気持ちが心の中でせめぎあって、何とも言えぬ気持になった。タウマがここに来ていれば、こんなにあわただしい日程を組まずに、もう少しゆっくりできたのだろうとは思うが、それはそれでシェイスらの心労が高まりそうな気がするので、良し悪しというところだろう。
夜は早めに寝た。寝たのはいいが、夢に大帝が出てきた。どうして夜伽を呼ばないのだと言って怒っていた。ラリアでも誰でもよいので夜伽を呼べ。簡単だ。名前を聞けばいいし、何ならラリアに、誰か読んでくれと言えばいいと言って怒っていた。いや、別にそんなものはいらないと言ってみるが、貴様、夜伽のことを知らないのだろうと言って、それを詳しく説明しだした。その内容もメチャクチャで、女などは力づくでモノにしてしまえ。儂はこれまでそうしてきたのでお前もそうしろという過激なものだった。いや、あの、でも、などと言っていると、今からラリアにお前の伽を命じるので、サッサと澄ませてしまえ、そのままブライアルに連れて帰ってしまえ、子供を作れ、と言われてしまった。
目を覚ますと、眠りについてまだ一時間ほどしか経っていなかった。寝ようにも、夢が強烈すぎてなかなか眠りに就けない。あの大帝は俺の夢の中まで出てきて小言を言うのかと思うと、何とも恐ろしく思えた。これも、エルドライの策略の一つだろうか。そんなことにこだわってはいけないと思いつつ、まさかラリアが夜伽に現れるのではないかと思うと、ちょっと眠れなかった。もちろん手を出す気はないのだが、どうやって断ろうと考えていたら、寝付けなくなってしまった。結局俺が眠りに落ちたのは、朝方のことだった。
翌日は当然睡眠不足だった。まあ、馬車の中で眠ればいいと割り切って、おそらくエルドライで食べる最後の朝食をいただく。パンが温かく、それにバターをたっぷりと塗って食べる。実に美味い。給仕をしてくれるラリアが、こういう食べ方も美味しゅうございますと言って、オリーブオイルを皿に落とし、そこに塩を振りかけて、パンを浸して食べる。これが意外にも美味で、一緒に出されたハムエッグととてもよく合って、俺は一発で気に入ってしまった。
出された食事を全部食べて満腹し、ゆっくりとお茶を飲んでいると、ラリアが突然深々と頭を下げてびっくりした。彼女は泣いていた。どうしたのだと聞くと、
「私たちが給した食事をすべてお召し上がりになったのは、ブライアル王様だけでございます。しかもしれを、美味しい美味しいと言って召し上がられたのは、とても嬉しゅうございます」
そう言って涙を拭った。まあ、彼女も言っていたが、毒見もない食事は王様は食べない。それでも料理番たちは腕によりをかけて食事を拵える。食べられる可能性が低いにもかかわらずだ。その辛さたるや、察するに余りあるだろう。ただ、その場の空気を和らげようと、
「全く手を付けていないのであれば、持って帰ってもいいのではないですか? 私の場合、すべていただいてしまいましたから、本当は今日の食事を当てにしていた方もいらっしゃるのではないですか」
そんなことはございませんという言葉を予想していたが、ラリアから返ってきた答えは、その予想とは全く違うものだった。
「確かに、そうなのでございます。実は、もし、お残しがありましたら、それは私が持って帰ろうと思っていたのでございます」
その答えに俺は思わず爆笑してしまった……。




