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幸せの絶頂

「シェンさんも、もうすぐ十八歳になるんだねぇ」


ある朝、親父からそんな言葉が口をついて出た。俺は、ああ、そうですねと返事をする。まあ、一つ年を重ねただけで、別に何も変わりませんよという顔をしているが、実のところ、俺は十八歳になるのを楽しみにしていた。それは、結婚だ。


この世界の成人は十五歳であることは先にも述べた。男も女も大体、十五歳もしくは十六歳くらいで結婚をする。十八まで未婚というのは、少し遅い方なのだ。


どうしてそんなことになっているのか。俺がブサイクなわけではない。たぶん、おそらく、きっと、人並みの顔立ちはしているはずなのだ。にもかかわらず独り身というのは、母の影響だ。母は口を酸っぱくして、嫁取は十八になるまでは認めないと、子供のころから言い聞かされていたのだ。


村や町の人々はおふくろの性格を知っているので、表立って縁談を持ち込んではこなかった。俺はそう信じている。


親父はノホホンと外を眺めながら、物思いにふけっている。これは、もしや?


「シェンさん、道場まで来なさい」


父はそう言って立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。俺は母と顔を見合わせるが、取り敢えず父の後を追うことにした。


道場に入ると親父は、壁を背にしてドカリと坐った。おふくろもその隣に座る。


「シェンさん、木刀を持って、構えてみなさい」


……一体、何のつもりだろうと言う思いが頭の中を駆け回る。なぜに、今さら基本中の基本である構えをやらせるのか。何か、俺の剣について気に入らないことでもあるのだろうか。


訝りながらも木刀を手に取り、父の前で構える。


……静かな時間が流れた。どのくらい構えていただろう。ふと、親父がコクコクと頷いた。


「いいでしょう。いい構えです」


「あ、ありがとうございます」


そう言って俺は構えを解いて、親父の前に座る。父は母に何やら話をしている。母もまた、訝しげな顔をしながら立ち上がり、道場を出て行ってしまった。すぐに母は戻ってきた。何やら手に布に包まれたものを持っている。


「シェンさん、これを、あなたに授けます」


親父はおふくろから包みを受け取ると、それを俺の前に置いた。一体なんだと思いながらそれを開けると、そこには親父の礼服がきれいに畳まれていた。


「これは……お父さんの礼服じゃありませんか。お父さんと私じゃ体の大きさが全然違いますから、これは着られないですよ」


「何を言っているんだ。ちがう。紋をやろうと言っているんだ」


「えっ?」


「今日からあなたには、ダンド流家元の紋章を付けることを許します。同時に、あなたにはダンド流の免許皆伝を与えます」


「え……えっと、それって?」


「つまりは、私の正式な後継者になったと言うことです。シェンさん、これから先、ダンド流のことを頼みましたよ」


「いや、いきなりそんなことを言われても。私はお父さんの剣には遠く及びません」


「そのうち、あなたは私を超えますよ。その構えを見ただけでわかる。それだけの構えができれば、十分です。他の剣技を見る必要はありません。シェンさん、よく頑張りましたね。私はあなたを褒めますよ」


「は……はぁ……」


「今日からあなたは家元代行です。家元代行となったからには、おかあさん、そろそろシェンさんにいい人を迎えてやらねばなりませんね」


「そうですか。私はまだ早いと思いますけれど……お父さんがそう言うのなら……」


「えっ? 誰か、お嫁さんの候補がいるのですか? どんな人です? 聞かせてください」


「何を喜んでいるんだ。何だか、卑しいことを考えているのではないでしょうね。だとしたら、紋は返してもらわねば……」


「いっ、いいえ! つ、謹んでお受けいたします。今後とも、剣の修行に、精進いたします。今後とも、よろしくお願いします」


そう言って俺は慌てて頭を下げた。親父は満足げにカラカラと笑っていた。思えば、この瞬間が、俺の人生で最も穏やかで、幸せだった瞬間だった。

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