表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形だと思って縫ったら騎士様でした〜お風呂場で始まる勘違い〜  作者: 白井夢子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

5.急転直下の運命の先〜アルジャン


(彼女だ……!)


店に入った瞬間、すぐにその姿を捉えた。


ここは、彼女が気に入っている店だという。

『ルピナスなら、合コン名目でも誘い出せるってドロテアが言ってたからさ』とカイルが話していた店だ。


彼女は、奥まったテーブル席の端に座っていた。


淡い茶色の、少しクセのある髪。

控えめな顔立ちだが、柔らかな淡い榛色の瞳が印象に残る。

――あのとき、自分を拾い上げた手と同じ色をしている気がした。


気づけば、視線がそこに留まっていた。


だが、不意に視線が合った途端、彼女の肩が揺れた。

そこに、明らかな怯えが見えた。

カイルが言っていた通り、彼女は騎士が苦手らしい。


(どう声をかける)

(礼を言うか)

(いやまずは――)


どうすれば、怖がらせずに話しかけられるだろうか。


『なんだよアルジャン、あの子のこと気になるのか?じゃあ――アルジャンの席はあそこだな。コハルナちゃんの隣』


思案していると、カイルがわざとらしく、周囲に聞こえるような声を張り上げた。

そのまま、ぐいと背中を突き飛ばされる。


(……行けってことかよ。でけえ声で、余計なことを言うな!)


思わずカイルを睨んでやったが、助かったのは事実だ。

柄にもなく緊張しながら、奥のテーブルへと進み、俯くコハルナの前に腰を下ろした。


「俺はアルジャンって言うんだが、名前を聞いていいか?」

――そう、声をかけようとした。


彼女の名前は、もう知っている。

それでも、顔を上げようとしない彼女に、会話の糸口として口を開く。


その瞬間だった。


「あら、アルジャンじゃない。私、ここに座ろうかしら」


わざとらしく声をかけながら、セラフィナがコハルナの隣に腰を下ろす。


(本当に来やがったのか……)


内心で舌打ちする。


「やあ、空いてるのは、この席だけかな?」


さらには、場違いなほど整った男が現れた。


(こいつら……!)


目の前には、命の恩人。

隣には、厄介な監察官。

斜め前には面倒くさい魔法治癒師。


俯く命の恩人に、話したいことはいくつもある。

だが、こんな奴らを前にして、まともに話ができるとは思えない。


沈黙が続いている。

皆がコハルナを見つめる中、彼女はこちらを見ることなく、窓の外を見ていた。





タルトを食べ終え、用は済んだとばかりに立ちあがろうとしたコハルナに、思わず「待て!」と大きな声を出してしまった。


(しまった)と思うが、もう遅い。

彼女は怯えたように視線を落とした。


そこにセラフィナが口を挟む。


「コハルナちゃん、今日は合コンよ?せっかく仲良くなったんだもの、もう少し話したいわ。たとえば……治癒法なんかについてね」


合コンの席で治癒法の話を振る意味が分からない。

だが、コハルナはためらいながらも、上げかけた腰を静かに下ろした。

――こんな無茶な話にも付き合ってしまうあたり、彼女らしい。


「ねえ、〈聖銀の縫糸〉についてどう思う?」


「〈聖銀の縫糸〉……?」


「あら、知らないの?……ふうん。魔法の銀糸なんだけど」


「銀糸……」


小さく息をのんだコハルナの瞳が揺れていた。

化粧の濃いセラフィナに怯えているのは、明らかだった。


「まあまあ、今日は合コンなんだから。まずは自己紹介からだろう?私はルシアン、軍の監察官をしているんだ」


そこにルシアンが割り込んできた。

こいつは、こういう男だ。


「そういえば、コハルナさんは街の診療所勤めなんだって? この界隈なら、あのロドヴィクス・フォン・ヴァレリア卿の診療所かな」


「あ、いえ。私が勤めてるのは、ロロじいの診療所です」


コハルナの答えに、ルシアンの口角がわずかに上がった。


「ふうん。……ロロじい、ね。いいね。……それは、実に興味深い」


コハルナが「ロロじい」と呼ぶ町医者は、かつて「神の手」と謳われた宮廷筆頭治癒師――ロドヴィクス卿だ。

頑固で偏屈、「凡人に教える時間は一秒たりともない」と豪語し、数多の貴族や秀才たちの弟子入りを門前払いしてきた、あの伝説の老医療師だった。


すでに、調べはついている。

彼女は、そんな人物に孫娘のように可愛がられているらしい。


直接治療を施しているわけではないようだが、それだけでルシアンの気を引くには十分すぎる材料なのだろう。

獲物を定める蛇のように、ルシアンの目が細められた。


「コハルナさん、せっかくこうして仲良くなれたんだし。今度、うちの王立医療監査局に招待するよ。見学ついでに、簡単なテストも体験できるよ」


「王立……医療監査局……?」


コハルナの声が震えていた。

権力の権化のようなその肩書きに、怯えているのは明らかだった。


「んなとこ、誰も行きたがるわけねえだろ」


「そうよ。監査局に行くくらいなら、コハルナちゃんの治療院に遊びに行くわ。ロロじい様に、私も挨拶したいもの」


「はは。君たちは誘ってないよ」


「うるせえな。合コンなんだから、お前ら二人で喋っとけよ」


「なによ。あなたたち二人で話しとけばいいでしょう」


「はは。セラフィナは面白いな。たまには隊を離れて、君たち二人でゆっくり話したらいい」


「お前ら仲いいじゃねえか」



不毛な会話が続いていく。


(俺は何でこんな奴らと話してんだ……)


アルジャンは、深く長いため息を吐き出した。





「あの、私です……」


小さく震える声に、思考が引き戻された。

目の前のコハルナが、潤んだ瞳でアルジャンを真っ直ぐに見つめている。


「アルジャンさんの傷を縫ったのは、私です。あの、責任は……」


消え入りそうな声は、ぷつりとそこで途切れてしまった。

だが、はっきりと聞こえた。


(責任……?)


一瞬、思考が止まる。


――風呂だ。

あの時の光景が、嫌でも脳裏に蘇る。


(……俺と一緒に風呂に入ったことか!?)


ドクン、と心臓が跳ねた。


(男として、責任を取れと――そういうことか?)


激しい動揺がアルジャンを襲う。


(結婚……?いや、しかし……)


彼女は自分に興味がないのではなかったのか。

あの怯えは――言い出せなかったからか。


「責任?そんなのいいじゃない、コハルナちゃん。気にすることないわよ」


固まるアルジャンをよそに、セラフィナが話に割り込んだ。


「そんなことより、〈聖銀の縫糸〉の扱い方を――」


「はは。確かに、責任なんていいじゃないか」


さらにルシアンが、言葉を被せてセラフィナの話を遮る。


「それよりこれから王立医療監査局に――」


「いや、責任は大事だろう!」


勝手にコハルナとの繋がりを断ち切られて、アルジャンは思わず叫んでいた。

ルシアンの言葉をねじ伏せ、アルジャンはコハルナに詰め寄る。


「おい、いいか。責任は……責任の話が先だ!」


心の準備ができたわけではない。

だが、騎士としての勘が、この場を逃してはだめだと告げていた。


「……はい。アルジャンさんに、一生を捧げます」


コハルナの言葉に、場がしんと静まり返る。

周囲の席から息を呑む気配が漏れ、一瞬だけ時間が止まった気がした。


これまで剣を磨くことだけに心血を注ぎ、結婚どころか女との付き合いすら考えたことはなかった。


(だが――彼女なら)


それも、悪くない。

目の前で今にも泣き出しそうなこの女になら、俺のすべてを預けてもいい。


「……だめですか?」


「だめなわけねえだろ?いいさ、結婚しようじゃねえか」


覚悟を決めたアルジャンの返事に、コハルナの目が、こぼれそうなほど丸く見開いた。

その驚いた顔さえ、案外悪くないと思っている自分に驚く。


(やっぱり悪くねえな)


心の中は思いのほか弾んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ